第34話 ヤミの神様の話~光の救世主~

消灯後の独房内。2日前に完成したはずの満月は無情にも欠け始めているが、まだまだ夜は明るい。僕は変に気が昂ってしまって眠れずにいた。


だって5日間も独房に缶詰だったと思ったら、いきなり1日三回もの自由時間が与えられたんだ。それになんと、念願だった読書とランニングができるようになった。……しかも、火置さんは『カミサマを倒す』とか言い出すし。


あまりの状況の変化に、なかなか気持ちが追いつかない。追いつかないけど、不満ではない。むしろ、毎日がとても充実している。



……火置さんとゆっくり話したくなってきた。もう寝てるかな?……いや、呼吸音が寝息のリズムじゃないから、寝ていない気がする。話しかけてみようか。



「……火置さん?起きてる?」


「起きてる。なんか……今日は色々あって目が冴えちゃって」


「……僕もだよ。久しぶりに走ったから、体は疲れているはずなんだけど」


「……そうだ!これからは、としてあなたの神様の話を少しずつ聞かせてよ!程よく眠くなれそう」


「…………火置さん」


「なに?」


「気を付けて。言葉の使い方、間違ってる」


「え?」


「『寝物語』は男女のピロートークだよ」


彼女が大きく動いたからか、ベッドがきしむ音がする。……相当衝撃的だったらしい。


「……今までずっと間違って覚えてた……!」


「はは、気づけてよかったね」


「恥ずかしい……」


火置さんは布団を顔に寄せて縮こまる。丸まった火置さんはものすごく小さく見えた。いつもの服装に身を包んだ火置さんは、実際の身長よりだいぶ大きく見えるのに……不思議だ。


身体を自在に伸び縮みさせるなんて、まるで猫みたい。




気を取り直して僕は、彼女に話を聞かせる。僕の『神様』の物語。




<光の救世主>


「それじゃあ今日は……『光の救世主』の話をしようか」


「なあに?『光の救世主』って。勇者様的な人?」


丸まっていた彼女が布団から顔を出す。いつもの火置さんの顔に戻っている。好奇心旺盛な少年と少女を瞳に片方ずつ住まわせている、ワクワクしたときの君の顔。


「光の救世主は、『光と闇を分けるチェックリスト』の全項目にチェックが付く人だ。僕はまだ、一度も会ったことがない」


「全部にチェックが付けば光の救世主……か。光の救世主って……何する人なの?」


彼女はベッドにうつ伏せになり、頬杖を付いて僕を見る。僕は彼女の瞳を見つめながら、話を続ける。


「光の救世主は、最も神に近い人間だ」


「終末の世界において、救世主が現れ、光の民を率いて、光の国へ連れて行ってくれる……とか、そういうのはないの?」


「僕の考える神様は……人類にそんな大層な試練は与えないから。そんな超自然的で宗教的なイベントは、この地球上できっとこの先も起こらない。起こったらドラマティックで素敵だけど。


人類への試練が起こるとしても、それは科学的な根拠に基づく災害じゃないかな。隕石が落ちるとか、気候変動が起こるとか、そういうこと。そしてそれは……たとえ神がいなくても起きることだ」


でもそれじゃあ『救世主』が『救世』していなくない?と、ちょっと釈然としなさそうに火置さんは言う。


「……でも、光の救世主に会えれば、周りの人たちは幸せになれるはずだ。だって、あの項目を全部満たす人なんだから。

勇気があって、他人に流されず、周囲に親切で、公平で、正しくあろうとする誠実な心を持っている」


「……確かにそうかもね。あの項目を全部満たすなんて、パーフェクトな人間性を持った人ってことだもの」


そう言ったあと彼女は、小さく肩を竦めてこう続けた。……………そういう聖人って、早死にしそう。


「………君は結構満たしている感じがするけど」


この言葉の後、火置さんがほんの少しだけ顔をしかめたのを僕は見逃さない。彼女は、褒めると嫌がることが多い気がする。……謙虚なのか、自分に厳しいからなのか。


でも僕としては本心から言っているのに、真心からの言葉を無下にされたようで少し悲しくなる。


「あのね、灰谷ヤミくん。たった2日と半日でどうして私のことがわかるの?あなたはただの殺人犯だけど、私は誘拐及び強盗殺人犯かもしれないよ?」


「……でも君は世界を救っているんだろ?」


「前言った通り、私はただの『ひずみ修復職人』なの。脇目も振らず真剣に時空のひずみを修復してたら、気づいたら世界を救うことになってるってだけ。職人は、人間的に問題があっても務まるのよ」


「………謙虚だね」


「なに、私を救世主にしたいの?」


彼女の目が、睨むように細められる。


「君は……僕が今までに出会ってきたどの人とも違う感じがするんだ。もちろん、いい意味で」


「それは、どうも……」


火置さんは僕から視線だけを外し、気乗りしなそうに言う。僕の精一杯の褒め言葉は、さっきの想像通り彼女にはあまり響いていないみたいだ。そんな期待に満ちた目で見られても困るっていう、心の声が聞こえた気がする。


でも、僕は本当に、心からそう思ってる。


鋭い目つきで凛としていて、自分の意見を持っている。

好きなものと嫌いなものがはっきりしていて、周囲に迎合しない。


厳しい世界で生きてきたからなのか、彼女本来の性格なのかはわからないけど、少なくとも僕の周りでは見たことがない人種。それは間違いない。


それに何より、火置さんは僕と『神様』について話すことを嫌がらない。……そんな人は、今まで一度も見たことがないから、僕はものすごく感動しているんだ。


君と議論を戦わせながら神について考察していったら、きっと僕の神様ももっともっと解像度が上がって深みが増して、より一層魅力的になる気がする。


「君みたいな女の子、僕は初めて会ったんだ。きっと君は、『光の救世主』に近い人間なんだよ。そう思うんだ」


僕は熱意を込めて彼女を見つめる。彼女は少し呆れた様子で、ふうっとため息をつき、信じるのは勝手だけどさ…………と言った。




誰がどこからどう見ても、この時の僕と彼女との間には大きな温度差が感じられたと思う。

……やっぱり僕は、自分の信じている神様を『人に信じさせる』ことができない。元々自分で楽しむために作り出したものだからそれでいいんだけど、それにしてもなあと思う。




『光の救世主』については説明し終わったし……もう会話は終わりかな。『そろそろ寝ようか』と切り出そうとしたところで、彼女の小さな声が聞こえてきた。



「……でも……私を救世主だって信じることであなたが安らかに天国にいけるなら、それでいいのかな……」




それはとてもとても小さな呟きで、僕に言っているのか独り言なのかも定かではなかった。けれど、これだけはなんとなくわかった。『火置さんの中身は、外見的な印象ほど』ってことが。


空間にふわふわと漂う彼女の言葉は不思議と僕の心にひっかかる響きを含んでいて……僕は彼女が何を思っているのか、彼女が本当はどんな人なのかをもっと知りたいと、この時に強く感じたのだった。

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