五分前

 エツランシャの体躯は、けっして大きくはない。人外的姿形に変異しても、身長自体は神谷修二と同程度だ。しかしその瞬発力は、神谷の突き出した銃剣を手の平で受けながらに、腕の振りだけで神谷を舞台の端まではじき飛ばした。

 ブラインドマン橋田四郎が、エツランシャの胸をアサルトライフルの銃身に円形に装着したぺティナイフの群で引き裂く。透き通った血液が輝くしぶきとなって飛び散り、次の瞬間エツランシャの握る刀剣が、ブラインドマン橋田四郎の銃剣を右腕ごと切り飛ばした。

 太刀筋が極限まで研ぎ澄まされている。アーマーの防御も関係なく、人体が粘土細工のように切断される。萎縮しかけたチームに対する気つけのように、小向夜子がエツランシャの至近で殺虫剤とライターの引き金を引いた。火のついた殺虫成分が、燃える毒ガスとなってエツランシャの顔を包む。

 透明な皮膚が焼ける臭いがする。エツランシャがガラスを引き裂くような声を上げて苦悶した。大西真由美がはじけるように駆け出し、エツランシャのわきをすり抜ける。彼女の動きにつられて振り回されたエツランシャの腕が、小向夜子をなぎ払い、売春婦に叩きつけた。

 二人が鉄骨階段へ吹っ飛び、殺虫剤とライターはバラバラになって地上へと落ちて行った。炎をなすり消したエツランシャに、立ち上がったブラインドマン橋田四郎と神谷が、前後から襲いかかる。ぺティナイフと銃剣が、延髄とわき腹に埋まった。だが足りない。エツランシャは止まらない。

 ブラインドマン橋田四郎が、首を切断された。奪取した刀剣を扱わねばならぬ男が死んだ。どこかで何かが叫ぶ声がした。背中に取りついた神谷を捕まえようとするエツランシャに、大西真由美の動きと連動した歩く遺体が激突した。反射的にエツランシャが、遺体の右肩をもぎ取る。エツランシャの右肩が、音を立てて引き裂けた。咆哮。悲鳴。だがまだ足りない。遺体のダメージ交換が完全に働いていない。右園死児同士にはたがいの能力効果への耐性がある。エツランシャが遺体をひっつかみ、舞台の外へ放り投げた。遺体を視界に捉えかけ、視力を喪失する大西真由美の悲鳴が上がる。

 神谷はエツランシャの胴に足をかけながら、敵の延髄や頭頂を何度も攻撃した。破壊した血管や神経がじわじわと赤黒く染まり、光を失う。だが、足りない。絶望的に足りない。エツランシャの皮膚と肉は硬く、その生命に刃が届かない。エツランシャの指が神谷のハットと、髪をつかんだ。

 どこかで。何かが叫ぶ声がした。ぞっとするほど近くで。負傷した売春婦のそばの鉄骨を、おぞましい指先がつかんだ。電波塔の外壁を素手で登って来たのは、明治時代の怪物、三田倉九。舞台に這い上がると、泣き乱すような声と走り方で一瞬にしてエツランシャに肉薄した。

 皮膚の無い、真っ白な、むき出しの筋繊維が、右園死児生物の力を全開にしてエツランシャの顔面を殴打した。エツランシャが神谷と組み合ったまま吹っ飛び、神像に激突する。蛆虫の体液が飛び散り、死児の腕が折れ、臓腑が裏返るような怨嗟の渦が生じた。

 三田倉九が、泣きわめきながら走って来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る