野球推しの屋敷さんは、告白後に確信歩きで返事を求めてくるらしい

遥 かずら

ピンチはチャンスだよ!

「いや~~昨日も空振ぶっちゃったよ~まさか相手の守備範囲があんなにも狭かったなんてさ」


 野球好きで野球推しの屋敷あゆむさんは、日常的に野球用語を使って会話してくるとっても可愛らしい女子だ。


 彼女の言う用語のほとんどの使い道は主に好きな人が出来たとか、誰かに告白しただとか、気になった人がいた……などなど、全て恋愛絡みによるものである。


 ショートヘアで小顔、声は割と高めな彼女は男子たちからの人気が相当に高い。


 そんな屋敷さんとの付き合いは隣の席になる率が異常に高いという、たったそれだけのことで仲良くなったに過ぎない。


「そ、そうなんだ。ちなみに守備範囲ってのは相手側の?」

「うんうん、うちってさ~二年生じゃん? 相手は一年生だったんだけど、年上は範囲外だったんだって。無いよね~!」


 屋敷さんが毎回挑んでいる恋は大体いつもメジャー級(本人による)ばかりで、なかなか敵わない相手なのだとか。


 途中までは話が合ったりして会話も弾むのに、相手の方が段々と屋敷さんの会話を消化出来なくなるとかで恋愛に発展せずに終わるらしい。


「屋敷さんは年下好きなんだ?」

「そんなことないんだけど、やっぱり一軍から攻めるのは厳しいかなあって思ってるんだぁ~。だから二軍からいくのがセオリーなのかなって思ってるだけなんだよね~」

「あまりいい意味に聞こえないけどね」

「おおっと! もちろん馬鹿にしてるんじゃないんだぜ? これはあくまでもうちの主観的な言い方! 一軍二軍で差をつけてるわけじゃないよ~」


 屋敷さんは可愛い。少し小柄ながら足が速くて運動神経も抜群だし、何より俺と上手く会話のキャッチボールをしてくれる。


 隣の席の歴が長いこともあるせいなのかもしれないけど、俺は彼女の恋を応援したい。


 まぁ、会話が追い付かないことが多いから恋も簡単にいかないんだろうけど。


「ところで屋敷さん」

「おおっと、そこまでだ! うちとの付き合いが長いんだから、君だけは遠慮なくうちをあゆむと呼んでくれたまえ!」

「え? でも他の男子には呼ばせないんだよね? 何か言われるんじゃ……」

「外野は黙っとけ! で、いいんだよ~! うちも君のことを下の名前でウグイスしちゃうんだぜ? ねえ、松為まついライトくん!」


 そう、偶然にも俺の名前は光と書いてライトと読む。名字は気にしなくていいとしても。


 彼女との共通点は偶然にも父親が大の野球好きだったという、それだけですぐに仲良くなれたこと。違う点は、俺はテレビ観戦で彼女は現地観戦メインというだけ。


 さすがにどこの球団を推しているのかは聞いていないけど。


 そんな彼女の日常は常に誰かに恋をしているという点だ。しかし会話の流れ的に言えば、成功した話を一度も聞いたことが無いというのが特徴でもある。


 次の日の朝、教室に入ってきてすぐに俺の元に近づいてきたかと思えば。


「ライトく~ん、聞いてよぉ! 昨日はうちも立ち上がりが不安定すぎてさ~、トップバッターからつまずいて上手く継投出来なかったよ~悲しすぎるぅ」


 また誰かに告ってアウト宣告されたようだ。屋敷さんの会話はほぼ野球用語でまみれている。そのせいで、おそらく野球部以外の男子では会話が成立しないだろう。


 告白するにしても毎日じゃなく、告白しない日は月曜日と決めているらしい。


「理美容室も月曜に休むじゃん? それと似てるんだけど、月曜は移動日だからうちの心もどこかに移ってしまうんだよね~」


 ……よく分からないけど、あらかじめ告白する人を決めていたのを前日回避するパターンといったところだろうか。


 しかしそんな屋敷さんとのやり取りもいよいよ終盤に差し掛かろうとしていた。


 二年生まではまだいいとしても、受験か就職を決める三年生にもなれば恋愛脳は一度どこかに封印する必要があるからだ。


 彼女の数々の告白劇は、聞いている限り完封負け。成功した話は聞いたことが無かった。


 その話をいくら隣の席だからって俺にだけ聞かせてくるのもどうかと思うが、彼女曰く他の女子は全く会話のキャッチボールが出来ないからというのが理由らしい。


 そして三年生になった春先。


 俺にとって予想外の展開が待ち受けていた。


「いやぁ、ライトくんとの付き合いも長いねぇ! かれこれ八打席目……じゃなくて、隣の席も八度目になるんだね」

「隣の席の確率だけね」

「それも含めてだよ! 中々、ううん全然気づいてくれないんだもんな~。うちも引退が迫ってきたって感じてしまったのだよ。分かるかね、このスランプ状態が!」


 引退……ああ、まだ春だけど卒業する年だしな。彼女の恋愛期間もスランプ脱出しきれてないんだろうな。


「ごめん、ちょっと分からないかな」

「何度も何度も全力投球してたはずなんだけど、ことごとく変化球を投げられちゃってラッキーも起きなかったんだよ~」


 告白する人の中に四番バッター級がいたってことか?


「だがしかぁし! うちはもう怒った! 本気出す!!」

「お、おおう?」

「放課後、グラウンドのセンター付近で待ってろ!! 本気でいかせてもらうかんな! 覚悟しろ~! うちはもうツーアウト満塁まできてる! タイブレークなんて待てないんだぜ!」


 ……などどもはや意味不明すぎることを言われて放課後。


 練習試合で野球部がいないのをいいことに、屋敷さんは早朝から俺をグラウンドに呼び出した。


 そしてセンター付近もとい、マウンド付近に立っている俺に向かって打席から大声で叫び出した。


「ライトくんっ!! ずっとずっと、サインを送っていたけど気づいてくれずにここまできちゃったけど、うちはもう我慢できない! 卒業までまだまだ空きがあるけど、言うね! ライトくん! うちは君のことが好きだ~~~!!」


 うおっ!?


 俺? 俺なのか?


 常に誰かに告白してきた話をしてきた彼女を応援してたのに、まさかその相手が俺だったなんて、それはさすがに気づかなかった。


 完全にサインミスだそれは。


 でも、彼女の告白よりも前にずっと決めていたことがある。だからその答えを彼女に送ろう――そう思ってマウンドのプレートらへんから足を外そうとすると。


「滑り込みセーフって分かってるんだぜ? だから――」


 屋敷さん……あゆむは打席から俺がいるマウンドに向かって、確信歩きで近づいて来る。打席からマウンドに向かって来るから乱闘になりそうだけど。


「大好きっ!! ずっとキャッチボールしてくれたライトくんが大好きなのだぁ~~!! さぁ、君の返事を聞かせて?」

「もちろん、俺もあゆむさんをずっと……指名したくて、指名したいって思ってた! 俺も君が好きだ! 大好きだ!!」

「おおおお!!!! 満塁ホームランキタァーーーーー!! 九打席目でようやく来たよーーー!」


 こうして野球用語推しの屋敷あゆむと俺は、付き合いを始めた。


 それはまだ、春先の出来事だった。


 おしまい。

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野球推しの屋敷さんは、告白後に確信歩きで返事を求めてくるらしい 遥 かずら @hkz7

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