立ち止まって、歩き出す

うるふ

スキップ

 前線の競り合いに負けて俺は地面に叩きつけられる。

 芝生に比べあまり良いとは言えない赤土あかつちのサッカーグラウンドで、今年最後の練習試合が行われていた。

 両チーム共に譲らぬ激しい攻防が続いている。スコアは〇対〇。

 この後半なんとかして点を取りたい。

 ずれたスネあてをすぐさま直し、再び土を蹴った。

「そこ休むなぁ!もっと走らんかぁ!!」

「今のはシュートだろうがよ!!」

 監督の咆哮が絶えず響き渡る中、チャンスは突然訪れる。


 先輩が相手の隙をつき、ボールを奪うと、流れるようなドリブルと完璧なコースで俺にパスを繋げたのだ。心臓が鼓膜を激しく波打ち、四肢が強張っていく感覚を覚える。顔を上げ、足元に託されたボールを前に蹴りだした。

 キーパーと一対一。距離にして十数メートルといったところか。

 

 自分を落ち着かせるようにスッと小さく息を吸い込んだ後、左上に狙いを定めてこれでもかと足を振り切った。多分、最後のチャンス。

 凍てつく空気を切り裂きながら進んだボールはその勢いのままゴールネットを揺らした。俺は後ろを振り返り、喜びに満ちた喃語こえを発する。

 仲間も共鳴し、磁石みたいに飛びついてきた。

 身体から出る湯気は俺の化身のように思え、試合が終わるその時まで背中を支えてくれていた。


わたる!一年のくせにうめぇんだよ!」

 試合終了後、先輩が嬉しそうに肩をぶつけてきた。

「いやいや、あれは先輩のおかげっすよ、二割は」

「あぁ?九分九厘の間違いだろ?」

 そう言ってわざと煽るように顎を出し、眉毛を八の字にしてこちらを見てくる。

 そんな顔を見ていると懐かしいような、少し寂しい気持ちになった。

 秋に引退した先輩と一緒に過ごせるのは今日だけだから。

 最近負けが続いていた俺達を鼓舞するため、試合に参加してくれたのだ。


「おい、笑えよ!俺の最強の変顔だぞ」

 おどけた調子で先輩が言う。

 俺はそんな気になれず少し俯きながら口を開く。

「ねぇ、先輩?」

「ん?なんだよ急に、神妙な顔しちゃって」

 相変わらず茶化すように言ってくる。

「俺ら、先輩がいなくなったあとで上手くやっていけますかね」

 募る不安をこぼした俺に先輩が優しく笑う。

「大丈夫なんて無責任なこと言えないけどさぁ、少なくとも渡がいるだろ?」

 不意に胸が熱くなり意図せず唾を飲み込んだ。

「……確かにそうっすね、俺先輩よりサッカー上手いし」

「おめぇな!」

 悪い癖だ。ついふざけてしまう。

 

 帰り道、俺は皆んなと別れたあと、これまでの思い出を振り返りながら河川敷を歩いていた。

 初めて練習に参加した日。泣きながら皆んなでコンビニのアイスを食った日。ユニフォームを忘れて心臓が縮んだ日。今日みたいな真っ赤な夕焼けの中、特訓とか言ってボールを追いかけ回した時もあったなぁ。

 やっぱり先輩がいなくなるのはとても寂しい。だけど、これからは俺たちが先輩になるんだ。悲しんでばかりじゃいられない。

 沈みゆく夕陽に決意した。俺がこれからこのチームを引っ張っていくと。

 

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