最終話:子守歌(ファムレウタ)
「ねぇママ、今日はいっしょにねてもいい?」
「あらあら、今日はずいぶんとあまえんぼさんねぇ」
「それでね、あの歌を聞かせてほしいな」
「いいわよ」
城間家の
ぼくは、やっと会えたぼくのママにあまえている。
ママは、ぼくのために歌ってくれた。
ぼくは、ナナミ・シロマ・ユーマンディとよばれていた子供。
その名前が、もうひとりのぼくのものだと知ったのは、3才を過ぎたころだった。
『そなたにはしばらくさびしい思いをさせてしまうゆえ、先に真実を教えておこう』
夢の中に、イリキヤアマリ様が出てきて話してくれた。
ぼくは、ヤイマ国の人間ではない。
本当のナナミ王子は、神様の力でぼくと入れかわって生活している。
いずれぼくたちは、本来在るべき世界へ帰される。
それを知ったぼくは、別れがつらくないように、だれとも仲良くしなかった。
父上はいそがしいので、話すことはめったにない。
母上は病気ばかりしているすぐ上の兄の世話がいそがしくて、ぜんぜん会っていない。
大きい兄上たちはなんだか危ない予感がして、とにかく近寄らないようにした。
あつかいに困ったのは、すぐ上の兄リッカだ。
なにかと、ぼくをかまってくる。
ぼくが知らん顔していたら、おこりだしてしまうので、めんどうくさい。
リッカは体がぼくより小さくて、弱々しくて、すぐ病気になる。
それで母上はリッカだけを世話するために、ぼくを乳母に預けたと神様から聞いた。
イリキヤアマリさまが言う「さびしい思い」は、母上がぼくを見てくれないことだった。
『そなたはこの国の人間ではないので
神様が言うように、ぼくは魔術が使えなかった。
ヤイマ国の王族は、3才を過ぎるとすぐに魔術の勉強を始める。
ぼくは、どんな本を見ても、魔術の名前も効果も覚えることはできなかった。
やがて学校へ通い始めたけれど、テストはいつも0点だ。
一番上の兄上が、時間の流れがちがう【星の海】で勉強させてくれたけど、本を何度見ても何も頭に入ってこなかった。
「おまえは勉強がキライなんだろ? だから覚えられないんだ」
ぼくが0点をとったことを知ったリッカは、そんなことを言う。
異世界人だから覚えられないんだけど、そんなことは言えない。
リッカを無視して、走ってにげた。
リッカはぼくを追いかけてきたけれど、すぐに息切れしてたおれて女官に運ばれていった。
『そなたには帰る世界がある。帰ったときに困らないように、あちらの世界にいるナナミを見ておきなさい』
そう言って、毎晩ぼくにもうひとりのぼくの様子を見せてくれたのは、
弥勒さまが、いずれぼくをあちらへ帰してくれるらしい。
ぼくは、もうひとりのぼくが見たもの、経験したこと、すべてを知った。
もうひとりのぼくは、ぼくのママにとてもかわいがられている。
うるさい兄弟がいなくて、ママをひとりじめだ。
ぼくは、早く交代したいと思った。
11才の夏、ついに交代だ!
イリキヤアマリさまに言われて城からぬけ出したぼくは、
ママじゃないけどママにそっくりな人に、愛されなくてもいいからせめて覚えていてほしいから。
『そなたの転移場所は海の中だ。すぐ泳げるように着物をぬいでおきなさい』
「はい」
弥勒さまが見せてくれたもうひとりのぼくが、海でおぼれている。
0点のテスト用紙を追いかけて海に入っておぼれるなんて、カッコわるい。
弥勒さまが力を使って、ぼくたちを入れかえようとしたときに、キジムナーが割りこんだ。
あっ、と思ったけれど、いまさら止められない。
巻きこまれたキジムナーを気の毒に思いつつ、転移が始まった。
入れかわりで通る星の海。
ぼくは、もうひとりのぼくに声をかけてみた。
ぼくたちが会うのは、この一度きりだから。
ちょっとあいさつしておいたよ。
「やあこんにちは。あとはまかせたよ」
もうひとりのぼくもキジムナーも、何も聞かされていないからおどろいていたなぁ。
ヤイマ国で、本当の家族と仲良く暮らせるようにいのっておくよ。
やさしいママの子守歌を聞きながら、ぼくはねむる。
ねむりに落ちていきながら、ぼくはいのる。
このしあわせが、明日もあるように。
ぼくのママが、明日もぼくを愛してくれるように。
神様から幸福の加護をもらったから、きっと願いはかなうはずだ。
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