第7話:かわいい(アッパリシャン)

「ナナミとしてお城にいる間は、私を『母上』と呼んでね」


 もうひとりのぼくのママは、ぼくにそう言った。

「ママ」と呼ぶと、ちがう人だと気づかれるかもしれないからって。

 王子さまがいなくなると大さわぎになるから、ぼくは代わりをすることになった。


 ちがう世界にもうひとりのぼくがいて、王子さまだなんてビックリだ。

 ぼくはお城の生活なんて何も知らないけど。

 ぼくをこの城へ連れてきた女の人たち(女官にょかんというらしい)が、いざというときは上手くごまかしてくれるらしい。


 もうひとりのぼくが住んでいたという部屋でゴハンを食べながら、ぼくは女官たちとこれからのことを話した。

 王族はいっしょにゴハンを食べることはほとんどなくて、それぞれの部屋で食べるらしい。

 お城の食事のマナーなんて知らないから、お部屋でゆっくり食べられてよかった。


 食事は、白いご飯、赤い魚が丸ごと入ったスープ、コンブと大根の煮物にもの、たくわんみたいな漬物つけもの、菜っ葉のおひたし、デザートはジーマーミ豆腐とうふ

 それをおはしで食べる。ジーマーミ豆腐には、小さなスプーンがついていた。

 お魚のダシが出たスープがすごくおいしい。こんなの、今まで食べたことがないよ。

 ぼくのママも魚のスープは作るけど、頭とシッポしか入ってなかったな。

 魚のアラだったかな? あれもおいしいけど、このスープはお魚がたっぷり食べられていいね。


 魚の目玉が片方ないのは、キジムナーが食べちゃったのかな?

 お城に連れてこられてからキジムナーを見かけないけど、かくれているのかなぁ。

 キジムナーは魚の目玉が好きなんだよってパパが言っていたっけ。

 もうひとりのぼくは、ぼくの家へ行ったのかなぁ?

 子供がひとりぼっちで夜歩いていたら、おまわりさんにつかまるから。

 おまわりさんにつかまったら、ぼくの家へ連れて行かれるはず。

 ぼくの家へ連れて行かれたら、明日の終業式にぼくの代わりに出ることになるね。

 そういえば、こちらの学校に夏休みはあるのかな?


「明日から学校に通うの?」

「明日から夏休みでございます。休みの間に、魔術マジティーはどんなものか、お城で勉強しましょうね」


 ぼくが聞いたら、ウトという名前の女官が教えてくれた。

 よかった。

 いきなり学校へ行っても、魔術の勉強についていける気がしないよ。


「だれかが教えてくれるの?」

「家庭教師が来られます。シロマさまには、良い先生シンシーがついてらっしゃるんですよ」


 もう1人の女官は、マカトさん。

 アイドルになれそうなくらい、きれいでカワイイ女の人だ。


「サイオン先生という方です。魔術の教え方がとても上手なんですよ」

「はやく魔術の勉強がしたいなぁ」


 魔術の勉強、ワクワクするね。

 早く使えるようになりたいな。


「へえ、ナナミのくせに魔術の勉強が楽しみなのか」


 ……え?


 なんか、いじめっこみたいな言い方をする声が聞こえたような?


 声がした方を見たら、知らない女の子が部屋の入口からこっちへ歩いてくるところだった。

 かみの毛が赤い色をしている。


「あ、キジムナーだ」

「んなっ?! 兄に向って何を言うか!」

「えっ? 女の子なのに、お兄ちゃんにぃにぃ?」

「だっ、だれが女の子か!」


 女の子はキジムナーじゃなかった。

 女の子かと思ったら、お兄ちゃんだった。


「もう、リッカったら。喧嘩オーエーしないで」


 ちょっとおくれて、母上も部屋に入ってきた。

 リッカっていうのが、この女の子みたいなお兄ちゃんの名前らしい。


「ごめんねナナミ。リッカがどうしてもナナミに会いたいって言うから連れて来たのだけど」

「会いたかったんじゃない。ちがう世界のナナミを見てみたかっただけだ!」


 ……それ、会いたかったのと同じだよね?


 それはともかく、なんでリッカは赤い髪の毛なんだろう?

 染めてるのかな?

 もしかして、異世界のヤンキー?


「母上、リッカにぃにぃはどうして赤い色の髪の毛なの?」

「赤い髪は英雄えいゆうの血をひいているからだ」

「キジムナーの英雄?」

「ちがう! 人間だ」


 母上に聞いたけど、リッカが代わりに答えた。

 ご先祖さまがキジムナーなのかと思ったら、ちがうらしい。


「王家のご先祖さまウヤファーフジは、オヤケアカハチさまという、赤い髪に青い目をした人だったのよ」

「オヤケアカハチ……」


 プンプン怒っているリッカに代わって、母上が教えてくれた。

 ぼくは、その名前を知っている。

 たぶん、ぼくがいた世界の島人しまんちゅなら、みんな知っているはず。

 それは、昔ぼくの島にいたという英雄と同じ名前だった。

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