宮森高校百鬼夜行
月峰 赤
宮森高校百鬼夜行
仕事帰りの男は帰り道、缶ビールを飲みながら歩いていた。残業がやっと終わり、間もなく22時になるところだった。
夏真っ盛りとはいえ辺りは暗く、電灯の無いこの道はどことなく恐ろしく感じた。看板やガードレールなどの影が薄っすらと視認出来る程度で、それらも遠い距離にあれば輪郭がぼんやりとしているだけだった。
綺麗に舗装された歩道と、片側2車線の道路、周りには視線を遮る建物や木も無く見通しが良い。明るければ、ずっと遠くの地平線まで見える位だ。
けれど今時分となっては、とてもじゃないが数メートル先も注意深く見ないといけない。この時間まで出歩いている人間はほとんどいないが、逆にこの時間まで歩いている人間と言うのは何かしら訳を持っているのだ。用心するに越したことは無かった。
この近くには宮森高校と言う学校がある。男が通るこの道は通学路にもなっており、早く帰れた時には宮森高校の制服を着た生徒が何人も通り過ぎていく。誰もが未来を信じて疑わない顔をしていた。男はそれを見て、社会に出ればそんな笑ってられることは無いんだぞ、遊んでいられるのも今の内だと心の中で悪態を付くのが最近のの常であった。そんな自分が嫌でもあったし、その度に自分も年を取ったなぁと溜息を吐いた。
けれどさすがにこの時間にもなると、辺りには誰もいない。宮森高校はここから数百メートルも先だが、そこへ続く歩道には夏の闇が漂っているだけだ。スマホの明かりも無く、話し声も聞こえない。時々車が現れるだけで、それが過ぎるとあっという間に静寂が訪れる。
たまにはこういう静けさもいいものだと片手の酒を煽りながら感傷に浸っていると、何か違和感を感じた。
酒を口から放し、正面をを注意深く見る。
何かが動いた気がした。暗闇の中にあって動かなかった真っ黒の輪郭が、かすかにブレた気がしたのだ。
歩みを止め、脇のガードレールに体を寄せる。歩道が続く先にじっと目を凝らすと、闇の中で動く物体があることに気が付いた。
息を飲んだ。
手に持っていた缶に力が入り、パキっと音が鳴る。
動くモノは、段々と近づいてくる。それは後ろへ長く続いていて、まるで一繋ぎの生き物のように思えた。
それは所々が上下に、左右に法則なく動いている。しかし進みは真っすぐに、一列になって向かって来る。
男は無意識に後ずさりを始めた。目は離せなかった。やがて現れたその正体に、男の目は釘付けとなった。
人だった。先頭には人が歩いていて、その後ろにも人、人、人。黒く見えたのは制服や学校指定の黒いカバン。男がよく見てきた、宮森高校の生徒達だった。途切れる所がない生徒たちの群れだった。
一度高校生だと分かると、体が自分の物に戻ったようだった。男は後ずさりしていた体を引き戻し、彼らの進路から外れるように移動した。
その脇を、先頭の学生が通る。舗装された道に足音は響かなかったが、時々引きずるような擦れた靴の音が、この気味悪さを和らげてくれていた。
カバンをぶら下げ、足取り重く歩いている。側に立つ男には目もくれなかった。まるでそこには誰もいないというように、ただ進んでいく。
後ろに続く生徒も同じだった。歩き方を決められた軍隊のように、もしくはただ歩くことだけを認められた囚人のようであった。そんな彼らの表情にはまるで生気が無い。
自分の姿を視認されないよう、男は黙ってその列を眺めていた。
高校生相手に何をビビっているんだと自分に言い聞かせたが、彼らをこうまでさせた存在が見え隠れして、自分には立ち向かえないと思った。
そうしていると、時々何かつぶやく声が聞こえた。その声に耳を傾けると、それは遠い昔に学んだ事のある、数式や外国語であった。
最後の生徒が通り過ぎると、声も足音も小さくなり、やがてその後ろ姿も闇の中に消えていった。
誰もいない暗闇を、男はしばらく眺めていた。そうして、今の自分はそれほど真剣に人生を生きているだろうかと自問した。
ほとんど残っているビールを一気に飲み干す。ぬるくなった液体が喉を通り過ぎると、思い切り空き缶を握り締めた。
そうして、彼らが歩いてきた真っ暗の道を、男は一人歩き始めた。
宮森高校百鬼夜行 月峰 赤 @tukimine
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