月花美人

滝沢志郎/小説 野性時代

第1話

序 章


 私のととさまは武士の鑑のような人でした。

 剣においては菜澄の地に並ぶ者とてなく、日々研鑽を怠らず、常に厳しく自分を律しておられました。卑怯なことを何よりも嫌う人でした。娘の私の目にも、武士の誇りが服を着て歩いているように見えたものです。

 そんなととさまが武士の風上にも置けぬ輩と罵られるようになったのは、あのようなものに関わったためです。

 女の身には月に一度、穢れが訪れます。血の穢れ。月経のことです。月役、月の穢れ、月のもの等、いろいろな呼び方がされますが、この菜澄の地では多くの人が「サヤネ」と呼んでいます。

「サヤネ」は私のととさまの名です。

 ととさまが作ったのは、月経を処置するための品物でした。それまで月経はぼろ布や古紙で処置されていましたが、新たに「それだけ」のために使えるものを作ったのです。

 月経を穢れとする世において、それは天地をひっくり返すも同然のことでした。ととさまのお仕事は、あまりにも早すぎたのかもしれません。

 今、ととさまを「義士」と称える人もいます。神仏のごとく崇める人もいます。それはそれで結構なこととは思いますが、ととさまはきっと、己に恥じない生き方をしようとしただけでありましょう。我孫子屋の壮介さんも、町医者の佐倉虎峰先生も、同じ思いだったはずです。

 あの日々のことは、今では思い出す人もほとんどおりません。

 ここに一冊の帳面があります。「佐倉虎峰日記」とでも名付けておきましょうか。先日、物置を片付けていたら出てきたものです。

 この日記には、あの日々のことが綴られていました。これを紐解きつつ、語ってまいりましょう。美しい菜澄湖に抱かれたこの地で、「革命」を志した人々の物語を。

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