人生の思い出

成野淳司

本屋で働きたかった

 タイトル通り、私は本屋で働きたい思いがあった。

 過去形であるように、実際に働いている場所は本屋ではない。しかし、本屋の求人に応募したことはある。今回はその話をしよう。私が不採用になった理由の考察と共に。


 私は本が好きだ。


 小説を書くのも好きで、作家を夢見てもいる。

 学生のころ、就職先は出版社で作家の夢も追っていけたらなんて考えていた。


「出版社なんて、大卒でも満足に入れない」


 進路指導の先生はそう言った。そして、勧めてきたのが本を物理的に制作する会社だ。印刷や製本と思っていただけたらいいだろうか。本繋がりがあるだけで職種が全然違うのだが、私はおかしな発想をしてしまう。


 そういった会社って、出版社とコネがあるのでは? そして、いずれは出版社勤務や作家になることも——。


 当時の私の頭はお花畑だった。


 ネットも今に比べれば拙いが、確かに存在していた。それなりの情報も集められただろう。それを怠った結果、本の物理的な制作関連の会社を受けてしまい、内定をもらって入社することになってしまった。


 しかし、私は工業系がてんで駄目だった。工作が苦手。工具どころか、文房具すらうまく扱えないレベルだった。工業系の機械はボタンを押せばそれで済むわけではない。時に工具を使うこともある。理屈を愛する私ではあるが、理屈だけでは補えない技術が必要だったのだ。


 プライベートのコミュ力はともかく、仕事のコミュ力はまずまずあったのか、最初は好印象だった。だが、仕事の成長が見られないことでその印象はすぐに消えてしまうことになった。


 そして、半年保たずに辞めてしまうことになってしまった。哀れ、新卒切符。


 消去法で学校を選んだわけではないが、進学では工業系を真っ先に外していたのに、なぜ就職先では誤ったのか。

 求人が出ていたかも分からないが、本に関わるというのなら本屋があったではないか。


 などと思っても、時は遅い。全ては決定し、終わってしまった。


 とはいっても、その後の人生が決して悪かったわけではない。そんなことがあったルートだからこその出会いや経験があったし、楽しかった。


 時は経って、私は無職の時に、ある本屋の求人を目にすることになる。


 今こそ、本屋で働く時がきたのでは。


 学生時代の現場実習。二人の女子に譲って、私は本屋に行くことを断念した。

 学生卒業後の就職先。頭がお花畑になって畑違いの仕事を選び、本屋の求人を探そうともしなかった。

 そして、ちょうどアニメが始まったあの漫画。私が少年時代から好きなタイトル。求人のあった本屋では、そのコミックスが特設コーナーを設けられ平積みで推されていた。


 今しかないじゃないか。


 まぁ、既に書いている通り、不採用だったのだが。もう少し追加すれば、書類選考の時点で(笑)

 理由を考えていこう。


 その一、交通費。


 私はその本屋に行くまで車で三十分ほどかかる場所に住んでいる。支給される上限内であったが、一万円以上はかかっただろう。

 給料は時給で最低賃金をきりよくした程度である。997円なら1,000円という感じだ。

 その給料で、交通費が一万円もかかる人材は厳しいのではないか。なるべくなら、近隣の住民を採用したいのではないか。

 もっとも、私は先んじて行動には移していた。


 交通費はいらないので、働かせてください。


 履歴書にそんなことを書いていた。だが、会社の規定上そうもいかなかったのだろう。


 その二、自分色。


 私はアピールポイントとして、私の所有する本の冊数とその並べ方について書いていた。

 当時四千冊はあった本。本棚に本を巻の順番通りに並べているだけでなく、それぞれの作品を出版社やジャンルなどで分けて並べてもいた。バトル漫画の間に恋愛漫画が挟まれてなどいないと想像してもらえればいいだろう。

 だから、本屋での棚割りも任せてくださいという意味で書いたのだ。


 一か八かだったのは分かっている。きっと、書類選考時にはこのような会話が繰り広げられていたに違いない。


「店長、この成野って人、これだけの本を整理整頓しているようですよ。いいんじゃないですか?」


「君は何も分かっていない」


「え? どういうことですか?」


「確かに、棚割りや特設コーナーは担当者に一任している。だが、店には店の色があって、それを踏まえた上でやってもらっているんだ。こういう自分の棚割りにこだわりがある人は、店の色を無視して自分色に染め上げようとしてしまうだろう」


「な、なるほど」


「そうでない可能性もあるけど、応募はこんなにきているんだ。わざわざリスクのある人を採用することはない」


 そう、このような会話が。きっと。


 ちなみに本の冊数だが、数えていないが現在は倍の八千冊くらいにはなっているかもしれない。電子書籍も含めれば、一万冊の大台を超えている可能性もある。


『成野、お前が本屋だ』


 どこからかそんな声が聞こえてきそうだ。


 その三、能力不足。


 そもそも向こうが求めている戦力に届きそうになかった。そ、そんなことはない、はず、だ。


 以上が不採用になった理由の考察だ。三はない。断じて。うん。


 ここで終わってもいいのだが、折角だからこの後にもう一つ受けた、本の取り扱いを含むマルチパッケージストアの話もするとしよう。


 当然、本の新刊を取り扱う部門を希望した。その他は眼中になし。


 働いている場所は本屋ではない。一番最初にそう書いたのだが、もしかしたらこう思っている人もいるかもしれない。


 本屋ではなくマルチパッケージストアの一部門ということか。つまり、ここで働いていると。


 ……いないか。

 そう、ここもやはり不採用だった。書類選考はなかったので面接でだ。こちらも理由を考察していこう。


 その前に、交通費の話をしておくとしよう。ここはそもそも交通費がなかった。なので、交通費は不採用の理由に成り得ない。


 その一、短時間勤務。


 時間は一日五時間程度の勤務で、出勤日数も普通。社会保険の加入なしで働いてもらうためかと思われるが、詳しいことは分からない。

 私はここに切り込んだ。


「今はそうでも、能力があれば長時間(フルタイム)勤務への変更も可能ですか?」


「いや、まぁ、ゼロではないですが、今回はあくまでも短時間勤務者の募集なので」


 歯切れが悪かった。

 可能性が僅かでもあることを言ってくれてはいたが、面接後こんな会話があったことだろう。


「フルタイムにするつもり全然ないんだけどなぁ。どうします? 向こうが察するまで働いてもらいます?」


「いや、やめておこう。どこで見切りをつけるか分かったもんじゃないからな。育成の時間が無駄になる」


 その判断は正しい——かもしれない。


 その二、新刊本の部門以外の志望なし。


 第二志望や第三志望の部門を聞かれたが、新刊本の部門以外の部門は考えていないと話した。

 新刊本の部門は一番人気。第二や第三があるなら、そちらに回される可能性が高かった。というか、“その他の部門ならいいよ”という空気が滲み出ていた。冗談ではなかった。


 理由を一と二で分けたが、この両方をもって判断された可能性が高いだろうか。

 今回はその三、能力不足がないのかって? あるわけないだろう。


 そして、私は本屋で働くことを断念することになる。たった二つでと思われるかもしれない。しかし、当時ですらもう働かせてくれるような本屋は少なかったのだ。致し方あるまい。


 本屋で働くことはできなかったが、いいこともある。


 まず給料。本屋であれば最低賃金をきりよくした程度であったが、今働いている所はそんなことはない。もっとも、安かろうと精神が安定していれば生活水準を下げることは造作もないのだが。

 私はその気になれば、調味料でご飯が食べられる。お勧めはこの地方で有名な焼肉のタレだ。……そんな食生活を送っていると、体内に何かできるぞと声が聞こえてきそうだ。大丈夫だ。例えであって、今はそんな食生活をしてはいない。話が逸れた。


 そして、電子書籍の購入について。本屋に勤めていれば、電子書籍しかない本は仕方ないが、紙での販売もしている本はためらって手が出せなかったであろう。そうなれば、私の本屋(本の部屋)もパンクだ。


 あとは、憧れと実際は違うといったところか。こればかりは働いていないから確証はないが、働いたことで本屋が嫌になる現実があったのかもしれない。嫌いにはなりたくない。好きなままでいたい。


 これが、私の本屋で働きたかった話だ。


 一回目にして、少し長くなってしまった。3000字以内には抑えろとあれほど——。

 このような駄文をここまで読んでいただいた方には、お付き合いを心から感謝いたします。

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