第39話 灰枝新VS東郷明夫
俺は何者だ?
灰枝新は自問する。
不幸な事件で家族を失いまともに食えなくなった哀れな少年か?
違う。
薬と誤って虫を飲み理性の効かない化け物になった不幸な少年か?
違う。
俺は――。俺という生き物は――。
★★★
「ふん! 甘い……甘い過ぎる!」
そう吠えると襲ってきた新を右腕で薙ぎ払う東郷。
凄まじい轟音が鳴り響く。
壁が凹み亀裂が入る。
「ガァァアア!!」
だがそれでも新はめげずに東郷の元へ走り出す。
牙は長くなり、爪は鋭く、目つきは完全に猛獣だ。
「さすがは『腹の虫』摂取者というところか。
食欲は、人間はおろか動物がそもそも持つ原始の欲望。
獰猛な狂犬紛いに成ってもおかしくはない!」
東郷は新を目の前に冷静にそう分析すると「クク……」と愉快げに喉を鳴らす。
「だが、それだけか?」
新が飛び掛かると、その牙を右腕の刃で受け止める。
ガチガチガチガチ。
と東郷の刃を噛み砕こうとするが、その刃は拘束具よりも硬い。
「俺の刃は凝固させ超硬質化した、いわば血液!
その硬さはダイヤモンドをも凌ぐ!
拘束具を噛み砕いたその牙でも俺の刃は砕けんよ!」
そして東郷はまた新を弾いた。
壁に一直線に飛ぶ新。
それを追いかけ東郷は地を蹴った。
その速度はまさに弾丸。
瞬く間に新に近づくと、今度はグローブのように凝固した血で覆った左拳で新の腹目掛けて一発。
その衝撃に壁が耐えきれず、クレーター状に窪む。
「まだまだァ!!」
だが東郷は満足しない。
壁に打ち付けられた新に向かって右、左と繰り返し、更に背中の骨の刃でも次々に追撃する。
「こんなものか?」
壁から舞うコンクリートの砂埃で新の姿が見えなくなると、やがて東郷は攻撃の手を緩める。
見下すようにその景色を見るが、新が出てくる気配はない。
「俺の欲は殺人欲。
とはいえ、一方的な殺戮よりも強者との殺し合いの方が好きだ」
静かに。ぼやくように。
そう言うと東郷は右腕を新の方へ突き出す。
「だからお前を調整した。
お前は最強のおもちゃだ。
だからおもちゃはおもちゃらしく!
もっと俺を楽しませてくれ。
もっと俺と踊ってくれ。
でないなら、お前をめためたに痛めつけてもっと惨い調整をする――ぞッ!?」
「グゥゥゥウウウ!!」
東郷がそう脅した瞬間、煙の中から大きな唸りが鳴ったかと思うと、砂埃が弾け、新が飛び出してくる。
全身血だらけになりながらもその目はしっかりと東郷を捉えていた。
「その意気だ!」
東郷は嬉しそうに歯を見せると後ろに下がり防御姿勢を取る。
さっきと同じように右腕を横にして新の牙を向かえようとする。
「だが! ワンパターン!
それだといつまで経っても俺は喰えないぞ!」
だが、それは勘違いだ。
「――ッ! ナニ……!?」
新が繰り出したのは牙ではなく右腕。
東郷の右腕が目の前に来た瞬間、異様に爪の伸びた右腕で東郷の刃を斬り砕いた。
バラバラと血の鎧がはじけ飛び、内側にあった右腕にまで鋭利な爪が襲い掛かった。
「チッ!」
東郷は右腕を引っ込め新の肩を背中に伸びた血で出来た手腕で引っ掴み勢いを止める。
だが、止められても新は動じず、更に東郷に向かって大きく口を開ける。
口腔内が光り輝く。
(何かを放とうとしている!?)
と考えた瞬間、東郷は回し蹴りをしていた。
その途端、新と東郷の間に爆音が鳴り響く。
間一髪のところで、事なきを得る東郷は爆心地から抜け出した瞬間、新の方を見る。
彼は緩やかに地面に着地していた。
「――ッ!?」
だが、新のその姿を目撃して目を丸くした。
右腕のみ異常に筋肉が発達し、東郷が蹴った腹にはゼリー状の膜。
口先は火傷したかのように焦げ口からはフシュゥゥと白い煙が出て、4つ足でこちらを睨んでいた。
食欲という欲からは想像ができないほどの変化。
いや、まだ変化の途中といってもいい。
新はゆっくりと立ち上がると、右腕の発達した筋肉が収縮する。
増幅した筋肉を圧縮し、全身に行き渡らせるように身体中の血管が浮き彫りになっていく。
熱を帯びているのか皮膚の表面から蒸気のようなものが出てきていた。
そして徐に右拳を開くと、そこには――、
「!! 俺の刃の欠片……?」
「はむ……」
新は空気と一緒にその破片を飲み込むと、またすぐに身体がバキボキと音を奏でる。
かと思いきや、新の顔や腕、そして足に東堂と同じ赤黒い外骨格が出現した。
そこで漸く気が付いた。
「――まさか。欲の拡大解釈か……!」
食というのは本来、自らの糧を摂取するということ。
動物が生きるためのエネルギーを作り出すための行為なのだが、新はその欲の解釈を大幅に広げた。
生き残るため、強い存在を喰らうため。
自らがこれまで食したものを自らの
東郷は歪に口角を吊り上げた。
「フフ……おもしろい……ならば俺も本気を出そう」
そう言うと東郷も同じく全身を血で覆い始め背中から出てきた六本の腕も太く鋭利にした。
「欲の限りをもって、殺し合おう」
その瞬間、二人の化物は地を蹴った――。
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