第36話 選別は終わらない
鈍い音を響かせて床に崩れ落ちる義父を見て、進藤才は複雑な感情で顔を歪ませた。
公安特異伍課が長らく追っていた組織のボスが倒れた達成感と義父が殺されたことの悲壮感と怒り。
そのほかにも上げればキリがないほどいろんな感情が才の中で沸き立ち、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「終わったよ……才」
その一部を引き起こした張本人の言葉を聞いて才は我に返る。
こっちに笑みを浮かべるそばかすの少女。
明るく清々しく、だけれど満たされず悲しそうな作られた笑みだった。
口を開こうとして才は思わず息を呑む。
忘れていた。彼女のせいで増幅したあの欲で身体が疼いてしまっている。
どうにか自身の欲の能力で追い出せないか。
と考えるが、あまりうまく働かない。
ここのところの能力の使いすぎが原因か。
それとも進藤始による支配から急激に切り離された後遺症か。
とにかく身体の疼きが止まらない。
「あぁ……そうか」
その様子を見ていた彼女はそう呟くと、才の元まで近づいてくる。
「! こ……な……!」
何をされるのかわかったものじゃない。
必死で才は彼女から離れようとするが、少し動くたびに電撃が走ったかのよう。
自ら発した声の振動にも反応するのか上手く声が出せない。
そうやって藻掻いている間に彼女は才の目の前へ。
「安心して」
青ざめる才に向かってそう言うと、才の両頬から両耳まで触れ、眼前に彼女の顔がいっぱいになる。
唇に柔らかい感触。ねっとりと、だが心地よく口内を蹂躙されていく。
耳を押さえられているせいか、その音が鮮明に聞こえ――。
顔から身体にビリビリが広がっていく。
「ん~! ん~……ッ!」
口を塞がれ、悲鳴すらも響かない。
力も入らず一方的に口内を犯される。
「…………ん?」
だが、しばらくすると刺激的な感覚が薄れていく。
むしろ身体中に広がった劣情が吸われ口から出ていく気さえする。
やがて――、
「ぷはぁ……」
才の口から離れると灰枝色は紅潮した頬でため息を吐いた。
「どう? 身体……?」
才は相変わらず地べたに伏しながらも身体の状態の改善を感じた。
「……おかげさまでましになったわ」
と色を睨んだ。
だが相変わらず身体は言う事を聞かず動こうとすると力が入らない。
その様子を見ると色は「あはは……」と愉快げに笑う。
「マシと言っても動けないよね。
まぁそう簡単に自由にさせるわけにはいかないんだけど」
「……お父様は死んだの?」
「うん。死んだ」
才の質問に即答する色。
「疑いようもなく蘇生の余地もなく。
正真正銘、私が殺した」
「なら今回の襲撃の目的は達成されたの?」
「うーん。そうとも言うし、そうとも言わないかなぁ。
あーくんもまだ返してもらってないし」
「……つまり新くんを取り返すためにこんな無茶なことをしたっていうの?」
「そういうこと!」
「いったい……どうして――」
「家族を取り返すのに理由なんている?」
普通ならばその通りだ。
だが、状況が異常だ。
始と色との会話から察するに、アークはもう分裂していて崩壊の兆しを見せている。
そして数日後に始めるという『選別』というのは、始たちの派閥が主導していて、始たちは色たちの派閥が邪魔だったに違いない。
だから色を倒すため新を攫い、色を誘き寄せたのだろう。
案の定、色は始たちの思惑通りここにやってきたが、まさかそのために犯罪組織が警視庁に乗り込んでくるなんて。
仲間が捕まるリスクもあるし、結局はここには組織のボスしかいない。
新がここにいるとは限らないし居場所を聞くだけならば、ここに乗り込まなくても外で襲えばいい。
なのに、そのリスクを取ってまで家族を取り返すというのは。
…………。
「まさか!」
才は目を丸くして色を見つめる。
その様子に色は満足そうに微笑んだ。
「ここなのね。新くんの居場所は……いえ。アークのアジト――本拠地は」
進藤始は警視庁内の防犯カメラに映っていなかった。
防犯カメラに映っていないのならば警視庁内を自由に動ける。
どこかへ行ったとしても記録には残らず、アジトがあったとしても気が付きにくい。
新が誘拐された後の足取りが掴めなかったのも当然。
道理で外ばかり探していても見つからないわけだ。
色は何も言わず笑みを浮かべている。
「新くんは見つかったの?」
「まだ探し中。けれど時間の問題かな。
仲間を増やしながらゆっくり待つことにするよ」
「……ど、どういうこと……?」
その言葉を信じられず、才は声を漏らした。
組織のボスは死んだ。
選別は進藤始たちの派閥が主導していたはずだろう。
なのに、なぜ色の方が仲間を増やすなんてことを言うのだろう。
選別とは違う仲間集めのことなのか。
いや、この口調は違う。
「ふふ……才も相変わらず愚可愛い」
色は、才の思考を読んだのか、顔を紅潮させ嬉しそうに笑みを漏らした。
「お察しの通り。選別は終わってないんだよ」
その言葉を受けて、才の脳裏に駆け巡ったのは警視庁の防犯カメラの映像。
そこには、血の海が広がり警視庁の仲間達が阿鼻叫喚に身を捩っている様子が至る所で映し出されていた。
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