第11話 公安の目的2

 才たちが追っている組織――通称『アーク』。

 アークの目的は、人類を進化させること。

 そのために彼らは『欲の虫』を悪用している。

 人造寄生虫『欲の虫』の性質は、進化という目的にはうってつけだ。

 だがその虫に適応できるのは一部。8割の確率で耐えきれず死に至る。

 彼らのいう進化――その本質は人類の選別であった。


 そんなアークを阻止するために動いているのが、才たちの所属する『公安特異伍課』だ。

 才たちの目的は2つ。


 欲の虫の量産と拡散の停止。

 摂取者の捕獲ないし討伐。


 これら2つを達成できれば組織に大打撃を与え、アークが企てるテロを阻止する一助となりうる。

 そして任務遂行のため重要となる人物が――。


★★★


「灰枝茂よ」


 才の囁き声が深夜の学校の廊下に反響する。


「彼は『欲の虫』を研究・開発しアークに売った諸悪の根源。

 アークからの信頼も厚く、彼の身柄を押さえればアークの阻止に大きく近づけるわ」


 高校に侵入した才、警、そして新の3人。

 少し手間取るかと思ったが、そんなことはなく簡単に学校に入れてしまった。

 悪びれもなく侵入する公安の手口を見た新は戸惑いを隠せずにいたが二人は慣れているようで、悪気もなく学校内を突き進んでいた。


「それで叔父を探すのになんでこの学校なんですか?」


 そんな彼らに新は素直についていく。

 この学校は中央に中庭があり、それを囲むように校舎が立ち並んでいる。

 窓も中庭側に設置されているせいか、どこからでも中庭がよく見えた。

 そんな校舎を新たちは1階から順々に時計周りに校舎を見て回る。

 不審人物がいないかを隈なく探し、慎重に歩を進めた。


「灰枝茂はアークにとっても重要人物。

 彼の居場所は幹部以下には秘匿されているほどの超極秘事項よ」


 その調子で3階の曲がり角に行き着いた。

 左には階段があり、右に続く廊下にもまだ誰かいる気配は無さそうだ。


「彼の情報は、私が潜入してもいっさい見つからなかった。新くんも知らないでしょ?」


 新は自分の子供の頃の記憶を想起し苦虫を噛み潰したような顔をする。


「叔父さんと最後に会ったのは家族の葬式の時です。

 それ以来は全然」


「そうよね。だから居場所を知るためにはアークの幹部に近づかなくてはならない」


「つまり幹部、それかその人に繋がる摂取者がここにいる?」


「そういうこと。

 この学校は以前から行方不明者が相次いでいるそうよ」


 通報を受けて、この学校に事情聴取しにきた警察も突然連絡が取れなくなってしまった。


 不審に思った才たち『公安特異伍課』は調査のために捜査員を一人派遣したが、未明GPSの反応がこの学校内で消失した。

 対策を練りまた一人派遣したが、同様に反応が消えた。

 その直前にとある通信を残した。




 曰く、『……虫がいる』




 この学校に摂取者がいる。

 尚且つ優秀な捜査員2名の反応が消えるほどの能力を持った摂取者――つまり幹部並みの強さを持つ摂取者が潜んでいる。


 そういうわけで才たちはその摂取者を捕獲するため、学校に乗り込むことを決めた。


「潜入してもダメ。

 たぶんバレて殺された。

 ならゆっくりと捜査していても意味はない。

 今夜、直接摂取者を叩くつもりよ」


「じゃあなんでこの3人だけなんです?

 相手は強い摂取者なんでしょ?

 直接叩くならもっと人数増やして乗り込んだ方がいいような?」


「当然の疑問ね……」


 新の質問に才はため息を吐きつつ微笑すると、


「だけど公安も人手不足。

 私達以外の仲間は他の重要案件で出払っている。

 それにここの課以外の捜査員や他の組織には頼れない」


「? どうしてですか?」


「彼らは既に政府や警察に入り込んで秘密裏にシンパを集めている。

 警察と一緒に動こうものなら、必ず情報がアークに行ってしまうわ。

 信用できる人はこの課――特異伍課しかいない。

 それにこれは新くんの試験も兼ねているの」


「……さっき言ってた駆除かどうかってやつですか?」


「そ。つまりこれは新くんの有用性の証明。

 これが示されなければ新くんは即駆除」


 才は首を切るように親指を動かした。

 結局は利用価値がないのなら自分は死ぬらしい。

 新はため息を吐くと、


「それで、試験というのは?」


「あら? 随分やる気なのね」


「まぁ……死にたくはありませんから。

 それに――叔父さんを見つけたいのは僕もですから」


 新にとっては叔父――灰枝茂は自分の家族が死んだ真相を知る唯一の人物だ。


 叔父が姿を消し一向に見つからないことから、もうあの事件のことは忘れようとしていた。

 だが、そう思った矢先に現れた叔父の痕跡。

 叔父には聞きたいことが山ほどある。


 才たちが灰枝茂を追っているならば、半ば強引であり脅しも含まれていたが、協力するのはやぶさかではない。

 叔父に会って真正面から話したい。


 そんな思いを積もらせる新をじっと見ると、やがて才は「そう」と自分の端末を取り出し、


「新くんにやってもらいたいのは学校に潜んでいる摂取者の捜索よ」


 と端末の画面を見せた。

 画面には既にアプリが立ち上げられていた。


「新くんは摂取者の臭いに敏感。

 だから私以外の摂取者の臭いを探り、見つけ次第報告して頂戴。

 それとないとは思うけれど、行方不明になった者たちも同様よ」


 才がそう説明すると、画面中央にこの学校の生徒や教師らしき写真が証明写真のようにひとりひとり映し出されていた。


 才が何か操作している様子はないのだが、端末の画面は次々と写真がスライドされる。

 全部で20人程度だろうか。


 最後に公安の捜査員と思わしき写真が出てきた。

 1人は中年の男性で、1人は若い女性だ。


「ないってどうしてですか?」


「既に殺されている可能性が高いからよ」


 その発言に新は寂しそうな顔をするが、すぐに気を取り直して


「そうですか。

 とりあえず誰かに会ったら臭いを嗅ぐ。

 これに専念すればいいんですね」


「そういうことよ。そのあとのことは私と兄さんに任せて。新くんは臭いを探って頂戴」




「――だが早速仕事のようだぞ」


 そんな話の中、進藤警がそう言い、静かに銃を構えた。

 戸惑う新だが、しかしそのすぐあとに。




 廊下の奥から響き渡る足音が聞こえてきた。




「まだ摂取者かどうかわからない。

 だが、この時間にここにいるってことは」


「関係者の可能性大」


 警と才がそう話すのが聞こえる。緊迫感が次第に大きくなってくる。


「ギリギリまで引き付けて、話しかけるぞ」


 いよいよ現実味が帯びてきた。そのことに新は短くため息を吐いた。


(よりにもよって……)


「何か気付いたことがあった?」


 新のその様子が気になったのか、小声でそう聞く才。


「いえ。大したことじゃ」


「言って。大したことかどうかは私が判断するわ」


 端的に言われ、新は観念する。

 別に隠すようなことじゃない。新は短めにこう声を発した。


「姉の学校なんです。ここ」

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