第10話 公安の目的

 とある高校の前に大型の警察車両が静かに止まった。

 車両の後ろ扉が開くと、3人の人物が降り立った。


 生徒が誰一人としていない深夜の学校。

 その高校に似つかわしくない3人は校門前に立ち、校舎を見上げた。


「で、どうしてここに?」


 気だるげに新は才に向かってそう聞くと、才は冷静な表情で髪を耳にかけ新を見る。


「言ったでしょう?

 新くんに駆除命令が下されたって。

 危険な摂取者を放置しておくわけにはいかないからね」


「ってことはここで殺すんですか?

 普通の学校に見えますが……」


 何の変哲もないただの学校だった。

 もしかしたらカモフラージュされているだけ?


 公安は警察の中でも秘密の多い部署。

 一見普通に見える施設が実は……、なんてことがあるのかもしれない。


「いいえ。ここはただの学校。

 ただしあながち間違ってはいないわ」


「それってどういう……」


「いい? 新くん。私が知る限り、あなたは随分尖った進化をしてしまった。

 だけれど私たちにとってこれはとても良い進化だと思うの」


 才の説明に新は首を傾げる。


「――つまり才は『新くんを駆除するのではなく有効利用しよう』って上に提案したんだ」


 まったく要領を得ない話し方をする才に痺れを切らしたのか、進藤警が口を挟んできた。


「新くん、才から聞いたんだけれど、君は摂取者の臭いを嗅ぐと身体が変異するそうだね。

 けれど普通の人間は襲わない。

 欲を満たすためなら何でもするのが摂取者だ。

 新くんの場合は食欲。

 だけれど新くんは通常の食事を見ても、臭いを嗅いでも、理性を保ったままだった」


 新は白い部屋で捕まっていた時のことを思い出した。それとなく新に見えるように食事を置いたのはそういうことだったのか。


 新の安全性の証明。才が言っていた真意は、それを示す実験だったということだ。


「えぇ。そこで警視総監に言ったわ。

『駆除するなんてもったいない』って」


「おい、才! もうちょっとオブラートにものを言え」


「あら? 兄さんも上層部側――というより警視総監お父様側の立場じゃない。一番お父様が躍起になっているものね。

 殺せって」


「俺は親父程じゃない!」


「ほらボロが出た!

 取り繕っても新くんを駆除したがっているんじゃない。

 倉庫でも躊躇なく脳天を撃ったし、その後も殺そうとしていた。

 騙されちゃダメよ、新くん」


「ちが……! あれは才が襲われていると思ったから……って話を逸らすな!

 俺は摂取者を信用できないだけだ」


「それなら私はどうなの?」


 と才は自分の頭を指差す。


「『本の虫』が脳に埋まっているのよ?

 知識欲が爆発している摂取者。

 私も駆除する?」


「才は別だ! 暴走しないし、なにより組織打倒のためには才の知識や能力は必要だ」


「なら新くんも同様じゃない」


「彼は暴走するだろ!」


「あの~……進藤さん?」


 言い争ってちっとも話が進まない2人の間に入って新は恐る恐る手を上げた。


「なに?」

「なんだ?」


 同じ姓の2人はそれぞれ新の方を向く。


(そうか。名前で呼ばないとダメか)


 多少面倒臭く思うがここで黙っていては一向に話が進まないと考えため息を吐くと、


「あの、才さん? 結局、俺は何をすれば?」


 すると「そうね」と才は思惑通りと満足そうに微笑むと、


「端的に言うと、新くんには公安に協力してほしい」


「俺は反対だ」


 警は腕を組んでそっぽを向く。


「あなたの能力を摂取者の捜索と討伐に使わせてほしい。私たちに協力すれば駆除は見送る。

 まぁ、あくまで組織壊滅までの猶予が与えられたに過ぎないけどね」


 新は下を向き熟考すると、やがてまた才を見た。


「断ればどうなるんでしょうか?」


「もちろん。即駆除」


 才は冗談めかしてそうニヤける。


「ちなみに欲の虫だけを取り除くことは不可能よ。

 取り除こうとすれば、そのまま道連れ。あの世行き。

 更に言うと、能力以外にも理由があるのだけれどね。

 まぁこれが、上層部があんなに早く駆除命令を出した理由でもあるのだけれど」


「おい。才。それ以上はダメだ」


 才の含みのある話し方に興味を持つと、横から警が非難めいた表情で才を睨んでいた。

 だが才は警の制止を聞かず、端的にこう言った。


「それは、新くんが『欲の虫』の開発者で私たちの最大目標――灰枝茂の甥だから、よ」


 その発言に憎悪と困惑と驚愕が入り混じり、新は目を見開いた。

 近くの大通りから大型トラックのクラクションがけたたましく鳴り響くのが聞こえた。

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