欲の虫
久芳 流
第1章
第1話 ヒトを喰う
「殺した……俺が?」
目の前にある男の死体を見て、
暗く陰湿な倉庫の中だった。
天井に備え付けられている照明がチカチカと点滅し、血だらけになった死体と同じく血だらけの新の身体を照らしていた。
肩にかけてあったお気に入りのヘッドホンにも血が付いてしまっている。
白が入り混じった黒髪もボサボサで埃まみれだ。
「あれは正当防衛よ」
埃が舞っている中から
長い綺麗な金髪に整ったシャープな輪郭。
はっきりとしていて思慮深そうな目つきが特徴的な才色兼備な美人とわかる。
「自分の身を守るためだった。
彼から攻撃をしてきたんだし殺らなければあなたが死んでいた」
辺りを見渡すと、埃が宙に舞いそこら中に壊れた棚や物が散らばっていた。
倉庫の壁には大きな風穴が乱暴に開けられていて、そこからささやかに風が流れている。
戦闘があったことを明瞭に物語っていた。
むしろ眉目秀麗な彼女がここにいることに違和感を覚えてしまうが、よく見ると彼女の頬や衣服にも土や埃などの汚れや血が付いていた。
「彼を食べたとしても仕方がないわ」
その単語を聞いて新は口元に違和感を覚える。
口周りを拭ってその手を見てみるとべっとりと血がへばりついていた。
……明らかに自分の血ではない。
「え? アァ……も、しかして……お、俺は――ウッ!」
口の中の感触も想起され、新は気持ち悪さで膝から崩れ落ち、そのまま地面に向かって戻してしまった。
ビチャビチャという不快な音が鳴り、胃液と同時に赤い液体と原形をとどめていない固形物が少し出てきた。
酸や鉄の臭いと同時に嗅いだことのない醜悪な臭いにまた吐き気が込み上げてくる。
だがこれ以上吐くものはない。もう体内に吸収されてしまったのか、元々の食生活ゆえか。
さっき喰らったモノしか胃になかったのが幸いした。
込み上げてくる吐き気に胃が痙攣している。
まだ胃に何かありそうな気がするが、だんだんと落ち着いてきた。
その隙を見計らったかのように、「安心して」と才は言う。
「あなたが食べようとしたのはヒトではない」
涎を垂らしながら小さな希望を聞いた気がして、力なく前を見る。
冷静に自分を見つめる彼女と目が合う。
「あなたが喰ったのは『欲の虫』よ」
「む、し……?」
「そう。人に寄生し『欲』を増幅させ貪る人造寄生虫」
――つまり虫を喰ったのか。
それにしては嘔吐物はどす黒い赤っぽくて臭いも血液っぽいのが混じっているが。
「人に寄生した虫を捕食しようとしたのだから……そうね。
喰う時に巻き込んだみたいね」
欲の虫以外は全部吐き出したみたいだけど、と才は冷静に嘔吐物を観察していた。
(人の一部を胃に入れたのは間違いないじゃないか……)
「仕方ないわ。
増幅された『欲』に抗うことができる人なんてそうそういない。
人の味ではなく虫の味しか覚えていなくてむしろ幸運だったと思うべきよ」
体力や精神力を今の嘔吐で根こそぎ奪われゲッソリとしている中、新は彼女の話を頑張って理解しようとする。
だけど――。
「な、んだか……よくわからないけど……虫は……この中にいないのか?」
「このゲロの中に? いないわね」
それはおかしい。と新は心の中で否定する。
もし虫……つまり固形物を食べたのなら全て吐いてしまうはずだ。
自分の身体のことだからよくわかる。
この体質と付き合って6年。
血液ならまだしも虫がまだ胃の中に?
「ありえない……」
「ありえないなんてことはないわ」
新の言葉に被せるように否定する才に、新は困惑する。
「なぜなら灰枝新くん。
あなたにも『欲の虫』が寄生しているのだから」
だが、彼女はそんな新の顔を見ると、ゆっくりと目を細め微笑んだ。
「『腹の虫』という虫が、ね」
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