BGMありきのお話

あめのちあめ

おそろいの不安定

「何も知らないくせに」

 そう叫んだ人は、瞳がギラギラと月夜に高ぶった獣のように輝いている。艶々とした髪の毛は感情と同じくらい乱れていて、涙が顎に向かって一筋、二筋、そのうち湧き水のように流れていって床にポタリポタリと落ちるのが見えた。

 もちろん湧き水なんて例えであって、そんな綺麗な透明感も清涼な美しさもないよ、マスカラアイラインファンデが仲良くしててガンジス川みたいな色の水たまりがフローリングに先ほど発生した。

 眼前の人物が肩を上下させながら荒く呼吸をするたびに、理性で取り繕っていた全てが崩壊していくような危うさを感じてさすがに身構えた。


(今までのあらすじを簡単にお伝えすると、僕の安らかな人生の中で指折りワースト何度目かのたまによくある最悪が訪れた瞬間をフレッシュ生搾りで皆さんにお届けしてる。ちなみに場所はマイスイートホーム、安息の地。繰り返すけど見ての通り今現在最悪。空気がマズすぎる、シュールストレミング開けてもくさや焼いても大丈夫そうな位)


 人が長い時間押し込めていた感情の発露というのは、遭遇した人にとって災害のようなものだ。大雨警報が出ています、山間地域の方は土砂崩れにお気をつけください、とアナウンサーが脳内で架空のニュース速報をお伝えしているので、現場の僕としては八つ当たりという風雨でズタボロになった姿を晒して、安全地域にいる皆様に優越感を与える役目をしなければいけないのかなぁと、完全に脳内は現実逃避をしていた。このまま体も逃げられたらいいのにね。日本人らしく神様仏様に二股して世界平和を祈る。


「黙ってないでなんとか言え」

 出ました伝家の宝刀、お約束すぎてさすがに読めてた展開。万が一何か言ってたら、良くて生き埋め。それを予測して様子見しててもこれ、昔の人が沈黙は金って言ってたじゃない、渡る世間は嘘ばかり。変化に対応できない生き物は滅ぶって別の昔の人が言ってた、こっちのほうが圧倒的に正しい。

 戦国時代より生身のステゴロが令和の我が家に在る。なんせ素手、カラテのやり取りだよ、時計はつけてるからメリケンサックにしようかな、あぶない刑事の舘ひろしみたいに。でも暴力反対だよ。

 そういえば、元号何度も変わってるけど、まだ天下泰平されてないですよ家康殿、彼のことは戦国BASARAでしか知らないけど、優しそうだから許そうかな。こんな世の中だけど僕は絆の力を信じたいから。

 そんな僕と彼女のイマジナリー足軽たちが家の中でイマジナリー土埃を上げて頑張っている中、ペカっと現代の必需品スマートウォッチが光った。チラリと見ると、血圧上昇のお知らせ。ダメなら救急車呼ぶ?それならここをタップしてとの表示。悔しいことに無機物へ浮気心が湧いてしまった。君だけだ僕に優しいのは。涙が出てきそうだよ。呼べるもんなら猫の手も呼びたいけど、そいつはまさに大迷惑だからやめておくね。


「もう知らない」

 おっと、ついに知らない僕と知らないアナタがひとつ屋根の下に存在してしまった。これはもうドローでしょう、気が済んだでしょう、嵐は去った神様仏様ありがとう、なんてだまされない。これに勝鬨を上げるような二年前の愚かな私はもういないのだ。ここからが本当の勝負、愚地独歩に習った三戦で完璧な戦闘姿勢を取る。

 泣きつかれた彼女は脱力してぺたんと床に座り込み、髪の毛をかき上げたあと、俯いて両手で顔を覆った。ひくりひくりと肩が小刻みに揺れる。人魚のように足を揃えて座る彼女、ふわりと広がった柔らかいスカートの生地が足の曲線に寄り添っていた。よく見たら、スカートがシミにならないようにうまく自分の涙のあと避けて座ってるじゃんさすがだね、などと飲み会後のカラオケでデタラメにマラカスを振るように悪ノリしてみる。


 さて、そろそろ気合い入れて行くぞ、煩悩雑念ノイジーな脳みそから真面目を濾し取る。


「好きだよ、愛してる」

 彼女の肩を抱いて、指の間からこぼれた涙をぺろりと舐める。


 僕はね、君を見つめてると胸がぎゅーって痛くなるんだ。あまりにも脆くて僕が守ってあげなくちゃ壊れちゃいそうだなって思うから。色々あるけど、君の涙は僕にとって薬だから、こうやってTherapyを続けてお互い集中治療していこうね。

 いつかどっちかが限界破裂するまで。


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