七  銀鈴、翠塩湖を散策し、夜には踊りを披露するのこと

【ご注意!】

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 ・ご自身の感想姿勢・信念が、本作に「少しでも求められていない」とお感じなら、感想はご遠慮ください。

 

 ・本作は、「鉄道が存在する中華風ファンタジー世界」がどう表現できるか? との実験作です。中華風ファンタジーと鉄道(特に、豊田巧氏の『RAIL WARS』『信長鉄道』、内田百閒氏の『阿呆列車』、大和田健樹氏の『鉄道唱歌』)がお好きでないと、好みに合わないかもしれません。あらかじめ、ご承知おきください。お好みに合わぬ場合には、無理に読まれる必要もなく、感想を書かれる必要もありません。あくまでも【趣味】で、「書きたいもの」を「書きたいように」書いた作品です。その点は十二分にご理解ください!

 

 ・あらすじで興味が持てなければ、本文を読まれる必要はありません。無理に感想を書かれる必要もありません。私も、感想返しが必ずしもできるわけではありません。また、感想返しはご随意に願います。なお、ひと言でも良い点を指摘できる作品に限り、感想を書くようにしています。

 

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 長洛出発の五日目。

「おはよう、仁瑜。だいじょうぶ? お酒はうまく断れなかったの?」

「……ああ、銀鈴。昨日飲み過ぎたみたいで、少し頭が重い。これも仕事だし、部族長はじめ、長老たちが次々とお酌してくるから、断るに断れなくて……」

 仁瑜は額に手を当てた。

「酔っ払いのお父さんの言い訳じゃない。いくら仕事だっていっても、普段お酒は飲まないでしょ。心配してたのよね。お茶や羹(スープ)は飲んだの?」

「しきりに勧められるから飲んだ」

「この後、翠塩湖の視察でしょう」

 銀鈴はやかんで白茶の寿眉を煮出した。

「これ、飲んで」

 銀鈴は、仁瑜に寿眉を勧めた。

 仁瑜は寿眉をひと口すすった。

「寿眉は二日酔いにもいいからな。ありがとう」

「失礼いたします、ご典医の先生をお連れしました」

「あっ、茘娘。入って」

 銀鈴は、天幕の扉を開けた。

 茘娘に連れられて、典医が入って来た。

「拝診を失礼いたします」

 典医は、仁瑜に一礼して、脈を取った。

「陛下、少しお酒が過ぎましたかな?」

「まあ、付き合いでやむを得ず」

「白茶や緑茶を多めにお取りください。銀后さまも、お脈を拝見」

「はい。お願いします」

 銀鈴は腕をめくって、典医に差し出した。典医は、銀鈴の脈を取った。

「異常はございませんね。ではお二人とも、強心薬を」

 典医がそう言うと、茘娘が強心薬の丸薬と白湯を、銀鈴と仁瑜に差し出した。

「これね、ちょっと匂いが……」

「噛んだり、なめたりせずに、一気に飲み込んでください。山酔いの防止に必要ですので」

「分かってます」

 銀鈴は、一気に強心薬の丸薬を飲み込んだ。

「では、失礼いたします」

「ありがとうございました」

「ご苦労だった」

 銀鈴と仁瑜が応じた。

 典医と茘娘が、銀鈴と仁瑜に一礼して、退出した。

 

 天幕近くの雪原。

 雪は深くなく、短靴でも何とかなる程度で、薄っすらと積もっていた。

 銀鈴たちは、族長と族長夫人に先導され、騎馬で進んだ。青、紺、赤、小豆、照柿――熟した柿の実に似た、赤みの濃い橙色――、緑、茶と色とりどりの長袍に身を包んだ部族の老若男女が、騎馬にて整列していた。

(すごい! きれい! 空の青と、翠塩湖の緑以外、白しかないから、長袍の色が良く映えるわね)

 銀鈴は、部族民の列を見つめた。

「これより、騎射をお見せします。では、失礼します」

 部族長夫人は、そう言って、部族長と一緒に馬を走らせた。

 まずは部族長、その後に部族長夫人、長老連のじいさん、ばあさん、成人男女の順に、次々と疾走する馬から弓を射っていく。ほとんどの矢は、的の真ん中に当たっていた。

「すごい!」

 銀鈴が声を上げた。

「さすがだな。見事なものだ」

 仁瑜が相槌を打った。

 それから、子供たちの番となった。最も年長の子でも十歳ぐらいだ。

 五、六歳の男の子が弓を構えようとした瞬間、弓を落とした。後ろにいた、七、八歳ぐらいの女の子が鐙に足をかけただけで、馬から乗り出して、上半身を地面に傾けて、男の子が落とした弓を拾った。そして、男の子の馬と並走すると、男の子に投げ渡した。

「えっ、走りながらで、そんなことできるの⁉ それも、まだ小さい子じゃない⁉」

 銀鈴は目を白黒させた。

「古馬族は、生まれた時から馬に乗っていて、『人馬一体』とは聞いていたがこれほどとはな。古来から、『古馬族を敵に回すな』と言われてきたのも、当然だ。味方にすれば、心強いが」

 仁瑜も、しきりに感心していた。

 走りながらの騎射を終えた部族長夫妻が戻ってきた。

「陛下も、弓を射られませんか?」

 部族長が、弓を見せながら誘った。

「仁瑜、やって見せてよ」

 銀鈴は、仁瑜にささやいた。

「多少の武術は学んでいるとはいえ、そなたらに比べると見劣りするかもしれぬが、それで良ければ」

 仁瑜は部族長の誘いに応じた。

「陛下、ご謙遜を。腕前はなかなかと伺っておりますぞ。ではこちらへ」

「あっ、そうだ! 秋水もやってきたら?」

 銀鈴は振り返って、後ろに居た秋水にも弓比べを勧めた。

「そうだな。陛下、部族長殿、それがしもご一緒させていただきたい」

 秋水が馬上で拱手し、仁瑜と部族長に告げた。

「部族長、よろしいか?」

 仁瑜が部族長にたずねた。

「よろしゅうございますとも。後宮の方も、武術をなさるんですな。華やかになりますな」

 部族長は笑顔でうなずいた。

「申し遅れたが、姓を芬(ふん)、名を秋水(しゅうすい)ともうす。よろしくお願いいたす」

 秋水は、部族長に向かって馬上で拱手した。

「ご丁重なごあいさつ、痛み入る」

 仁瑜、秋水、部族長の順で、馬を走らせながら的を射った。 


 昼餉の後、銀鈴たちは翠塩湖湖岸の翠塩湖製塩博物館へと案内された。玄関で館長の出迎えを受けた。

 翠塩湖の大型模型の前で、館長から翠塩湖の説明を受けた。館長は、翠塩湖の模型を棒であれこれと指した。

「既にご覧になって、湖が緑で驚かれたでしょう。緑が深くなるにつれて、湖も深くなっていきます。白い部分は塩です。雲表本線で、空州へ行く人は、行きか、帰りに翠塩湖に立ち寄るのが決まりのようなものになっています。一日余分に撮れれば、見学できますので」

「ええ。湖は緑なのに、お塩は白いとは、驚きましたね」

 銀鈴は、館長の説明にうなずいた。

 次は、製塩の展示室。製塩で使う器具が展示され、製塩の様子が原寸大の人形で再現されていた。

「改めて申し上げるまでもございませんが、塩税は国の歳入を支える重要な柱でございます。ただ、塩を摂らねば生きていけませんので、価格が適正になるよう、また粗悪品が出回らないようにする必要がございます。前王朝の末期には、原価の三十倍もの塩税がかけられ、歳入のうちの半分は塩税でした。私塩の取り締まりに費用がかかり、悪循環になりました」

「お塩って、そんなにお金になるの? 今はそんなに高い物じゃないでしょ? 確かにお芝居には塩賊が結構出てくるけど」

「昔は結構塩税が高かったわよね。原価の十倍とか。塩賊から塩を買ったほうが、安くて質もいいのよね」

 塩族とは、塩の密売人。時には、強大な武装勢力となり、王朝を転覆させることもある。

 銀鈴は、仁瑜と香々とともに、州牧が塩の採取から加工までの過程や塩による歳入についての説明を聴き、香々と一緒にうなずいた。塩賊とは塩の密売人。

「確かに、王朝や時期によっては、歳入の半分が塩税だったからな」

 仁瑜も口を挟んだ。

 その後、銀鈴たちは館長の案内で、屋外に出て、見学用の塩田へと向かった。

 翠塩湖から塩水を引き込んだ長方形の塩田が並んでいた。塩田の淵には塩の白い結晶があり、深い緑色の塩水をたたえていた。

(お塩は白よね。こんな緑の塩田から、あんな白いお塩が緑の塩田から採れるなんて、信じられないわね)

 銀鈴は、館長による塩田の説明に耳を傾けていた。


「さあ、こちらへ」

 州牧は、銀鈴たちを博物館側の桟橋へと導いた。桟橋に用意されていた、小舟に銀鈴たちは乗り込んだ。

「あの島も『塩』でできております」

 翠塩湖博物館館長が、白い小島を指差した。

 銀鈴たちの乗った小舟が白い小島に着き、上陸した。銀鈴はしゃがんで、地面をひとつまみして舐めた。

「しょっぱい! ほんとにお塩ね。島がお塩で出来てるなんて!」

 仁瑜と香々も、銀鈴の横にしゃがんで、塩を一つまみして舐めた。

「確かに、塩だな」

「お塩ね」

「この間の蒼塩湖と違って、凍ってないんですね?」

 銀鈴が、翠塩湖博物館館長に尋ねた。

「蒼塩湖は、翠塩湖よりも塩分濃度が薄いので、凍っています。それに対して翠塩湖は、ご覧の通り、湖の底に塩の結晶がたまっております。これぐらい塩が濃いと、氷点下二〇度を大きく下回らないと凍りません。ですので、桶に水を張り、解け残るぐらい塩を入れて戸外に放置しても、氷点下一〇度、一五度ぐらいまでなら、凍ることはありません。また、あまりにも塩が濃いいので、湖に入っても沈むことがなく、浮くことができ、浮いたままで新聞を読むことができます。夏場であれば、湖水浴をご体験いただけるのですが」

「夏だったら玉(ぎょく)の湖で水遊びできるのにね」

 銀鈴はそう言いながら、長袍の裾をたくし上げて帯に挟み、浅瀬にしゃがんだ。ひざ下丈の皮の長靴を履いていた。掌で塩水をすくってひと口含んだ。

 玉とは翡翠のこと。他の色もあるとはいえ、緑が基本。

「しょっぱい! この間の蒼塩湖よりも濃いっていっても、こんなに濃いいとは!」

 銀鈴は口から塩水を吐き出した。

「銀鈴、泳げるの?」

「ちゃんと泳いだことはありません、大おばさま。川や池なんかで、水の掛け合いっこぐらいはしてますが」

「泳げない方のほうが、うまく浮かべますね」

 博物館館長が自然と話に加わった。

「そうなんですか?」

 銀鈴は意外そうな顔をした。

「左様でございます。泳ぎが達者な方ほど、手足を動かして泳ごうとするので、かえって浮かびづらいです。泳げない方は、手足をバタバタ動かすこともなく、浮くに任せたままですから」

「冬で残念。お風呂にお塩を入れたら、浮かぶのかしら?」

 銀鈴は首を傾けた。

「実は当館も協力して、筒状でひとりがしゃがんで入る大きさの風呂桶に塩を入れてみて、体が浮くかの実験をしたことがあります。深さはあったのですが、広さがなかったので、人が浮かぶことはありませんでした。さすがに、立った状態で浮かぶことはありませんので。人ひとりが寝そべれるぐらいの長さがあって、肩までつかれる以上の深さがあれば、浮いたかもしれません。このときに使った塩の量は、六〇瓩(キログラム)です。ですので、肩までつかれて、寝そべれる風呂桶で実験してみますと、塩は一二〇瓩(キログラム)から一八〇瓩(キログラム)は必要です。風呂桶が大きくなればなるほど、塩の量も要りますから。底に溶け残るぐらい、濃くしなければいけませんので」

「……やってみたいけど、さすがにそこまでお塩を使うのも、もったいないし。無理そうね」

 銀鈴は、館長の説明を受けて、渋い顔になった。

「体が浮くまでの塩を入れるのは大変ですが、塩風呂はいかがですか?」

「しおぶろ?」

「はい。文字通り、お湯に塩を入れた風呂でございます。本物の温泉にはかないませぬが、手軽に温泉気分は味わえます。翠塩湖の塩を、お湯に対して一〇〇分の一から三の一の量を入れるだけです。一〇〇分の一が野菜を塩ゆでにするときの塩の濃さで、一〇〇分の三が海の塩の濃さになります。肩こり・腰痛の緩和や美肌効果もございます」

「美肌効果があるなら、塩風呂も良さそうね、銀鈴」

「そうですね。お肌は大事ですからね、大おばさま。仁瑜、肩がこる、って言ってなかった? 塩風呂を試してみたら?」

「書類仕事が多いから、どうしても肩がこりやすいが。試してみるのも悪くなさそうだな」

「お肌に合う、合わないがございますので、最初はなめたときに塩気が少し感じる程度の濃さでお試しください。また、毎日ではなく、三、四日に一回ぐらいが適当でございます」

「さっき館長が『海より塩が濃いいので、体が浮いて、湖の中で新聞を読むことができます』って言っていたわね。海って見たことがないから、よく分からないけど。銀鈴、海を見たことある?」

「まだないんですよ、大おばさま。本の上では知ってるんですが」

 

 騎射の天覧、翠塩湖の視察を終えた日の夜。楽屋用の天幕の中。

 もてなしに対するお礼と、古馬族との交流のために、銀鈴たち女官・宮女は舞踏を披露することとなっていた。戸外に出していた水瓶がひと晩で凍るほどの厳寒の夜とはいえ、天幕の中では十分な広さが確保できなかったため、屋外の舞台での公演となった。

 銀鈴はじめ、一同は金銀の冠をかぶり、首飾りや腕輪を着け、深紅、桃、橙、水色、紺、藍、薄紫、深紫、緑と色とりどりの大袖の舞踏衣姿だ

「みんな、準備はいい? 外は寒いから、靴の中に温石符(おんじゃくふ)は入れた?」

 銀鈴は、集まった女官・宮女たちを見渡した。

 温石とは暖を取るために焼いた石。温石符とはその焼いた石の効果がある呪符。

「練習通りにやればだいじょうぶだから。後宮以外の場で踊るのは久しぶりだから楽しみよ」

 香々も、笑顔で女官・宮女たちを見渡した。

 長洛出発時と異なり、銀鈴と香々は皇后としての黄色い衣ではなく、銀鈴は桃色の衣、香々は深紅の衣だ。二人が並ぶと、銀鈴が妹仙女、香々が姉仙女に見える。

 真っ暗ななか、銀鈴たちが舞台に上がった。舞台は、桃源郷に見立てられ、満開の桃の造木が飾られていた。

 銀鈴たちを、夜光珠(やこうじゅ)の琥珀色の光が照らした。衣の金糸・銀糸ししゅうが夜光珠の光を反射し、金魚形の造形提灯を手に舞い、その背後では女官・宮女たちが琵琶を奏でた。

「それ!」

 香々が一声叫んで、絹張のうちわを振るった。

 桃の花びらが吹雪のように舞った。

 天女の夜桃花見物といった感じだ。

「うおー!」

「きれい!」

 観客から歓声が飛んだ。

 銀鈴たちが舞い終わると、灯が消され闇となった。

 桃色の天灯(てんとう)が一斉に夜空に舞い上がった。

 天灯とは、‘油をしみ込ませた布玉を取り付けた紙風船。熱の力で空を飛ぶ。

(すごい! きれい! うまくいったわね)

 銀鈴は、夜空を飛ぶ桃色天灯を見上げた。

 舞い終わった銀鈴たちが、舞台上に整列し、深く一礼した。万雷の拍手がわき起こった。

 銀鈴が一歩前へ出て、他の演者とともに再度深く一礼し、頭を上げた。

「夜分寒いなか、最後までご覧いただき、ありがとうございます。古馬族の皆さん、わたしたちを手厚く歓迎くださって、厚くお礼申し上げます」

 銀鈴以下、演者一同が三度(みたび)、深く一礼した。

 銀鈴が続けた。

「皇帝陛下より、祭祀供物のおさがりが下賜されます。皆さんのもとにお渡しに伺います」

 銀鈴たちは舞台を降りた。

 客席は升席の形式。雪原にすのこを置き、その上に分厚いじゅうたんと座布団を敷き、乳茶(ミルクティー)の入ったやかんを載せた火鉢が置かれていた。銀鈴と香々が先頭で、茘娘と棗児が下賜品が入った籠を持ち、その後を造形提灯を持った舞子が続いた。

「どうぞ」

 銀鈴は、五、六歳の子供に「賜」と表書きされた黄色い紙包みを手渡した。

「ありがとう、仙女さま!」

「開けてみなさい」

 香々が口を挟んだ。

「はい!」

 子供は包みを開けた。

「絵具! 墨! 紙! 筆! お菓子も!」

「ご両親もどうぞ。開けてみてください」

 銀鈴は子供の両親にも

「ありがとうございます」

 子供の両親も銀鈴に頭を下げ、受け取った包みを開けた。父親が開いた包みからは酒の小瓶と煎り豆が、母親の包みから餅茶――円盤状に固めた茶――と干し桃、が出てきた。

 銀鈴と香々は、下賜品の籠を持った茘娘と棗児、その他舞子を引き連れて、古馬族の客席を回り終えて、鉄道院主催「奉納舞拝観旅行団」の参加者の客席に来た。

「遠いところを寒いなか、ありがとうございます」

 銀鈴はそうあいさつして、下賜品の包みを奉納舞拝観旅行団の参加者に手渡した。

 この升席の観客は、見るからに高級な毛皮で裏打ちされた分厚い頭巾付き釣り鐘型外套(マント)をまとい、これまた最上級の襟巻や手袋を身に着けた中年の女性たちだった。

 この升席の頭(リーダー)らしき、中年の女性が、銀鈴から下賜品の包みを受け取った。他の女性が一般的な寿服姿のなか、ただ一人、牡丹色――赤紫色――の立ち襟、鉤状の合わせ目が特徴の古馬族の衣裳姿だった。

「あら新人さん?」

「皇后さまはどちらに?」

「新人さんなのに、こんな大役をもらえるの?」

 銀鈴は、おばさまたちから詰め寄られた。

「ええ新人です。くじ引きで、この役をもらえました。皇后さまは、みんなと一緒に列の中に居ます。舞台の上では、身分は関係ない、が後宮劇団の教えで、長年の伝統ですから。そうですよね、お姉さま」

 銀鈴は、横の香々を肘で何度も突いた。

「そうなんですよ。この子は、新人で。運だけはいいんですよ。卍湖での奉納舞のときに、またお会いしましょう」

 銀鈴は、香々から何度も頭をなでられ顔を赤くした。

 銀鈴たちは、ほかの升席にも下賜品を配って歩いた。

「大おばさま、さっきのおばさま軍団に聞かれたとき、とっさに話を合わせくれて、ありがとうございます。あとで後宮のみんなにも、口裏を合わせてもらうように頼まないと」

「まあだいじょうぶじゃない、銀鈴? あのおばさんたちに次会うとしても、卍湖での奉納舞のときでしょう。さっきみたいに、近くまでは行かないわよね」

「それもそうですね。予定では舞台は櫓の上ですし、下賜品を配るのも、ほかのみんなですし」

 銀鈴は、香々の言葉にうなずいた。

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