不埒者

「じゃあ、こうしよう」


 困り果てた空気の中、事態を収拾したのは父だった。


「弘一。明日、ワシと一緒に黄泉小径へ行こう」


「ええ!?」


 驚く一同を気にせず、父は続ける。


「ワシに、おゆいさまを紹介してくれ。巷では、死後の世界へ人を引っ張りこむ悪霊のように言われておるからな。お前に誤解を解いてもらおうか」


「……誤解?」


「おゆいさまは悪いやつだって、皆思ってるって事さ」


「違うよ、とっても優しいよ!」


「だから、それをじいちゃんに説明してくれ」


 父は弘一に笑顔で言う。


「……うん、分かった」


 少し悩むようなそぶりも見せたが、息子は申し出を受け入れた。


 という訳で。


 明日の午後、父と弘一は二人で黄泉小径へ行くことになった。


 弘一が会っているおゆいさまが本物か偽物か、とりあえずこれで分かる。


 まずは明日、弘一を一旦父に任せ、その先は明日の夜、父の報告を受けてから考えよう。俺はそう思った。



 ところが。



「父ちゃん!起きて、父ちゃん!」


 翌朝、俺はやたら焦っている妻の声で起こされた。


 あまり良い寝覚めではない。


「ん……?」


 漠然とした意識の中、時計を見る。


 朝5時だ。いつもの起床よりも一時間ほど早い。


「なんだよ、こんな早い……」


「弘一がいない!どこにもいないの!」


 寝ぼけた頭に、妻の大声が突き刺さる。


 はあ?


 どうせまた黄泉小径だろうが。


 そう言いかけた俺の脳裏に、今の時刻がよぎった。


 妻は必死な顔でこちらを見ている。


「弘一……」


 少し遅れて、ぼやけていた頭が整ってきた。



 弘一……。



「……何を考えてるんだ、あいつは!?」


 俺は布団から飛び起きて、部屋を出た。


 寝室の外では、父と母がすでに起床していた。


「おお、起きたか博!」


 二人とも着替え終わっており、いつでも外へ出られる格好になっていた。


「弘一がいなくなったって、本当か」


「家じゅうどころか、黄泉小径の前にもおらんかった」


「はああ!?」


「今から駐在所へ行って、保護されてないか聞きに行くが、お前どうする?」


 父の言葉に少し考えたが、もし本当に保護されていれば、すぐに家へ連絡が来るはずだ。俺は首を横に振った。


「いや、俺は黄泉小径へ行く」


「何?」


「あの竹藪の中を探してみようと思う」


「え……大丈夫なの、博?」


「親父、納屋にある凧糸を目印に借りるぞ」


「それは構わんが……無理はするなよ」


「分かってる」


 まったく。

 どこまでも手を焼かせやがって、バカ息子が。


 俺は部門長に仕事を休む旨を電話で伝えて、寝間着を着替えた。


 一瞬、妻にもついてきてもらおうかと思ったが、万が一息子が家に戻ってきた場合、誰もいないと困ってしまうので、留守番を頼む事にした。


「じゃ、行ってくる」


「父ちゃん頼むよ」


 泣きそうな顔の妻に見送られ、俺は車に飛び乗った。


 車で行けば、黄泉小径までの道は知れている。2分足らずで、俺は目的地にたどり着いた。


「……!」


 藪の入り口に、人がいる。


 少女だった。頬はこけ、全身を見ても細身で、おそろしくボロボロの着物を身にまとっていた。


 言い伝えによるおゆいさまの風貌そのものだ。


 そうか、こいつか。俺は助手席に置いてあった凧糸の束を手に取り、気を引き締めながら彼女に近づいていった。


「……来ると思っていました」


 歩み寄る俺に対して少女は小さな声で言うと、かすかに頭を下げた。


「あんたか、息子をたぶらかしているおゆいさま気取りは」


 わざとぶしつけに俺は言った。相手は動じた様子もなく、こう返してきた。


「弘一君が待っています。どうぞこちらへ」


 俺の問いに答えるつもりは全くないらしい。


「待っています? お前が勝手にさらったんじゃないのか」


 無礼を上塗りしても涼しい顔だ。そのまま無言で藪の中へ入っていく。


 ……。

 やっぱり、弘一はこの中か。


 俺は凧糸を地に垂らして戻り道の標にしながら、彼女の後をついて行った。

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