姉の思い、妹の不安。

 仁美の話によると、案の定私は神社の前で寝てしまっていたらしい。


 それを、夜遊び帰りのトヨ君が見つけて、ここまで担いできてくれたとの事。


「トヨのパチンコ通いが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけどねえ」


 仁美は、つまらなさそうに時計を見ながら言った。


 午前11時。


 日曜日だから別に焦る事もないが、結構な時間だ。トヨ君の姿がないが、多分適当な理由をつけて外に出ているのだろう。トヨ君は3年前まで私の彼氏だったので、正直いない方が決まりが悪くなくて助かる。


「お姉ちゃん、大丈夫だよね?昨日の事、ちゃんと覚えてるよね?」


 気を使っているのか嫌味なのか判断しかねる仁美の発言。


 しかし、私の脳みそはその言葉の真意を探し出そうとはまるでしなかった。


 そのまま、ぼんやりと昨日の夢を思い出す。


「……真由子……」


「え?」


「神社に、真由子がいた……」


 実際に言ってから、私は自分の思っていることがそのまま声に出ていたことを悟った。


 仁美は私の言葉を聞くと、私を真正面から睨みつけた。


「お姉ちゃん!?」


「……ああ、ゴメン。夢に真由子が出てきたから……」


「お姉ちゃん!?」


「だから、ゴメンって……」


 仁美は、私がいう事を意に介さず、鬼の形相のまま私の両肩をつかんだ。

 そして、低い声で静かに言う。


「お姉ちゃん、やっぱりあの家出たら?」


 前に冗談半分で投げかけられた言葉を、今一度シリアスに問うてくる仁美。


「夢に出ただけだから……」


「お父さんはどう言うか知らないけど、あんなの絶対お姉ちゃんのせいじゃないからね」


「分かってるよ、そんなの」


「でも気にしてるんでしょ、今でも」


「そりゃあ気にしてないなんて言ったら嘘になるけど……」


「ね。だから、あの家出よう。お姉ちゃんがおかしくなる前に」


「でも……」


 仁美との言い合いは、数十分に及んだ。


 やはり姉妹だけあって、あの家の居心地の悪さを一番良く理解してくれている。それは有り難いことなのだが、やはり私はあの家に住むしかないと思っている。


 この辺りの感覚は、他人には分からない領域なので助かる。


 過干渉気味な母と、徹底して不干渉な父。そして、痴呆の祖父。


 それほど珍しくない家族構成なんだろうけど、何故だか息苦しさを感じる。


 私が独身なのがいけないのだろうか。

 それとも、やっぱりあの時真由子を見失ったから?


 誰に責められている訳でもないのに、あれこれと考えてしまう。


 リセットするためには、確かに一旦家族と距離を置くという手もあるかもしれない。が、もし本当にそれをやってしまったら、あまりの快適さに実家に帰れなくなってしまいそうな気がしていた。


 私は、自分がどれだけ『ラク』に流されやすい人間かを知っている。

 親不孝な娘だが、せめて近くにいるだけでも償いになればと……


 ……いや、そんな大したものじゃないか……。


 結局、今を変えないのが一番『ラク』なのだ。


 なんだかんだ言いながら、とどのつまり私は『ラク』を捨てられないだけの女に過ぎなかった。


 帰り際、仁美は念押しのように一人暮らしを勧めてくれた。


 マイペースな妹だが、私にとっては唯一の理解者だ。


 仁美の案は実行には移せないが、気持ちは充分に嬉しかった。おそらく彼女には伝わっていなかったであろうけど。

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