我が家の事情。
私の身内には、行方不明者が二人いる。
一人目は、先ほど祖父が勘違いした私の伯母、千代子だ。もう、私が産まれるずっと前の事らしいので、この件に関してはよく知らない。
二人目は、妹の真由子。仁美から見ても妹にあたる、我が家の末妹だ。
18年前の夏祭りの夜、姉妹三人で遊んでいる内にいなくなってしまった。ちょっと目を離した隙の、本当に一瞬の出来事だった。
当時、父から相当ひどく怒られた事を覚えている。警察も大がかりな捜索をしてくれたのだが、結局妹は見つからずじまいだった。
祖母は晩年、二人がいなくなったのは『おゆいさま』の祟りのせいだ、としきりに言っていた。おゆいさまとは、この辺りの集落一帯で言い伝えられている妖怪のようなもので、彼女に目をつけられると死後の世界まで無理やり連れて行かれてしまうと言われている。
私も仁美もそうなのだが、真由子のことを思い出すのは今でも辛い。が、祖父が伯母の名前を出すたびに、この祖母の言葉から真由子を連想してしまうため、私たちの心中はどうにも引っ掻き回される。
特に私は、仁美と違って毎日家にいて伯母と間違えられる身だ。この辺りは周囲にも察してほしいところなのだが、理解者は仁美ただ一人である。
「お姉ちゃんも家から出ちゃえばいいのに」
とは仁美の談だ。確かに本当にそうしてやろうかと思う事は多々ある。
が、痴呆の進む祖父と心配性の母を置いて家を出る勇気は、実際問題として私にはなかった。
父に任せれば、と思われるかもしれないが、この辺の事情に関して父はとにかく冷たい。仕事以外で頭を使いたくないのだろうか、と私は疑っている。それくらい彼は自分の家族に対して関心が無かった。
いずれは仁美もトヨ君と結婚するのだろう。
今のトヨ君を見る限りウチの父みたいにはならなさそうなので、とりあえずはホッとしている。
仕事人間なんて、つまらない。
男としても、親としてもだ。
どうかトヨ君には、私たちの父親を悪い見本にして良い家庭を築いてほしい。
私は、この二人と会う度にいつもそう思わずにはいられなかった。
*
その日は仕事が休みだったので、高校時代の友人と二人で飲んでいた。
こんな田舎に子洒落たバーなどあるわけもなく、女二人スナックで気ままに語らった。
三十路になろうがなんだろうが、旧友と顔を合わせれば自然と気持ちが若返る。私は後先を考えず、酒をあおりにあおった。
そんな乱暴な飲酒の帰り道。明日は二日酔いだなあ……などと思いながら、弱々しい光の懐中電灯を頼りに自宅に向かっていると、視界の片隅に何者かが映った。
「?」
女一人で夜歩きしておいてこんな事を言うのも何だが、結構遅い時間である。一体何者なのかと目を凝らせてみると、なんとそれは小さな女の子だった。暗くてよく分からないが、道の真ん中で何かを凝視しているようだ。
試しに懐中電灯を向けてみると、少女は眩しそうにこちらを見た。
「……え?」
思わず声が出た。
光を向けられて迷惑そうな表情の少女はしかし、私の方をみると愛くるしく破顔してきた。
そして、ごく親しい人にそうするような感じで、大きく両手を振る。
それは紛れもなく、18年前にいなくなった真由子だった。
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