蛍の恋
雨世界
1 もう一歩も歩けない。
蛍の恋
もう一歩も歩けない。
そう思ったときは、私はあなたのことを思い出します。(……なんだか元気になれるから)
遠山文が車を運転していると助手席に座っている古木蛍が「遠山さんは、もし生まれ変わったとしたら、なにになりたいですか?」と言った。
車の窓の外は真っ暗だった。ところどころにぽつんとあかりがあるだけで、ほかにはなにもない。ここはまるで深い海の中のようだと蛍は思った。
「私はたぶん魚になると思います。できれば可愛らしいお魚さんがいいです」と(そんなことを考えていたので)蛍は言う。
「僕はきっと貝になると思うよ」と優しい声で文は言った。
「どうしてですか?」
「子供のころは貝みたいに無口だって言われてたから」と文は言った。
「そうなんですか? なんだか意外ですね」
小さく笑いながら蛍は言った。
(今の文はおしゃべりだったからだ)
それから蛍はふと我慢していたあくびを(隠れて)する。
そのあとで蛍は紺色の制服のスカートを少しだけ握った。
「海まであとどれくらいの時間がかかりますか?」
「もうすぐだよ。あと一時間くらいじゃないかな? ずっと高速道路を走っているだけだから、眠たいなら眠ってしまってもいいよ」文はミラー越しに蛍を見て言った。(あくびはばれていたみたいだった)
蛍は昨日、あんまり眠れなくて眠くて仕方がなかったので(文さんには悪いと思ったのだけど)「じゃあ少しだけ眠ります」と言ってゆっくりと目を瞑った。すると思ったよりもすぐには蛍は眠ることができた。
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