優秀すぎるのも考え物

 エリスがソフィーの胸のことで暴走した珍事から一ヶ月が過ぎました。

 正直、あれが入学式の後で本当に良かった。もし、あれが入学式の前か、あり得ない話ですが入学式の最中なら、嫌な意味でわたくしたちの名が学院中に広まっていたでしょう。……いや、本当に良かった。


 ちなみに、そのエリスですが。彼女もまたわたくしと同い年と言うこともあって、実は学院に通いながらメイドの業務にも励んでいます。

 実はあの娘、かなり優秀なんですよね。本人は自身のこと、人並みにしか仕事が出来ない。何て考えていますが。

 ですが、実際のところ。セバスの孫娘。血縁と言うこともあってか、仕事に対する要領も良く、なおかつ小さい頃からセバスとともに働いていたこともあって、彼の教育を受け、並のメイドとは比べ物にならないほど、数多くの仕事をこなしていました。

 その結果、というか何というか……。本人の耳には届いてませんが色々な貴族から公然と、とある噂話が囁かれています。それは、ハミルトン公爵家には2人のメイド長がいる、と言うものです。

 一人は言うまでもなく、ハミルトン公爵家が雇っている本来のメイド長。そして、もう一人こそエリス・アルフォード。彼女は様々な貴族からそのような噂の対象にされる程に仕事が出来る、ということです。


「――お嬢さま、お待たせいたしました」


 そんなことを考えて――いえ、正直現実逃避ですね――いる間に件のエリスがお茶の準備を終えました。今は昼休みで、皆さん食事をしているわけです。それはエリスも例外ではないのですが……。


「あの、エリス……?」

「なにか、お嬢さま?」

「いえ、なにか? じゃないんだけど……」


 きっと、今のわたくしの顔は盛大にひきつっていることでしょう。周りの方々も少なからず引いてますし……。

 しかし、このまま黙っていてはハミルトン公爵家令嬢として、沽券に関わります。主に、従者を休み時間までこき使っている、という風聞が生徒越しに各貴族へ渡るのは凄く、本当に凄く困ります。

 その風聞だけは、なんとしても払拭しなければ。


「貴女、昼食は? というか、まだお昼休み始まったばかり、よね……?」


 正確にはお昼休みになって5分経過しています。

 それはともかく、わたくしの問いに、何だそんなことか。と、言わんばかりにはふぅ、と息を吐きました。


「あはは、いやですねぇ。お嬢さま――」


 そしてエリスはあっけらかんと、とんでもないことを言い出しました。


「――そんなもの、もう食べ終わってるに決まってるじゃないですか」

「そう、そうよね……。貴女なら、そう言うわよね……」


 からから、と気軽にそんなことをのたまうエリスを見て、項垂れながら頭を抱えます。

 わたくしたちのやり取りを聞いていた他の生徒たちは、先ほどよりもさらに引いています。きっと、ハミルトン公爵家ではまともに昼食もとらせないのか。と、考えていることでしょう。


 ちなみに、一部の生徒は引くどころかギラギラとした、獲物を見る目で見ています。彼らのことは一応覚えておくとしましょう。


 それはそれとしてですが、昼食をとらせていないという考えは間違いである、と断言できます。と言うか、エリスの言葉に関してですが、実は嘘をついていません。


 ……時に、この世界には魔法、と呼ばれる超常現象があります。そう、俗に言う炎を出したり、氷礫を飛ばしたりするあれです。

 それだけなら、普通に魔法って言えよ。と思う方もいるでしょう。ですが、本当に一部だけ、超常現象としか表現できないものがあるんです。


 そもそも、この世界の魔法には属性。というものがあります。その属性とは地水火風と光闇の計6属性。ここまでなら普通でしょう。しかし、ここからがある意味問題です。

 それは違う属性を掛け合わせることでそれまでとはまた違う神秘、自然現象を再現できるというものです。

 例えば、水と風で擬似的に雲を作り出し雷を落としたり、火と土でマグマを生み出したりなどです。


 …………ここで少し、話は逸れますが、実は青空の王子と暁のプリンセスという乙女ゲームにエリス・アルフォードという少女は登場しません。

 原作と、現実に変わった世界の差異というやつです。

 というか、恐らくですが設定には存在していたんでしょう。しかし、物語に。その特異性ゆえに。


 そもそも一部、他の生徒たちは気付いてませんが、実は先ほどのエリスの発言。矛盾、というかあり得ない部分がありました。それは、昼食を既に食べ終わった、という部分。

 それなら、食べてないんだろう? と、思われるかもしれません。ですが、そう言う問題じゃないんです。

 ……先ほど、わたくしはお昼休みが始まって5分しか経っていない、と言いました。……まぁ、今はさらに数分経過していますが、そこは今、関係ありません。


 実は、わたくしが通う教室はそれなりに優秀な生徒が集められた場所で、一般校舎とは離されていたりします。

 一応、校舎間の移動はできますが、それ相応に時間がかかります。その時間、どう急いでも最短で

 そう、どう考えても時間が合わないんです。いくら公爵令嬢の世話をするため、と言っても授業終了前に退室することなど許されません。それこそ、体調不良などの特別な理由がない限りは。

 なら、エリスが仮病を使っているのでは? ……とんでもない。エリスは授業がある日は、ここへ訪れているのです。いくらなんでも教師にバレます。ですが、実際にはエリスは模範的な生徒として教師からの評判は良いです。強いて言うなら担任の教師からは、とある理由から過敏に反応されることがある、という程度。

 そのとある理由こそが、そもそもの元凶ですが。


 そこで先ほどの魔法の、超常現象の話へ戻ります。

 基本的に使用できる魔法の属性は各個人に1属性。優秀な人間であれば複数属性を扱えることもあります。

 ちなみにわたくしは水、土、闇の3属性を扱えます。優秀な公爵令嬢の面目躍如ですね。

 ……そして問題なのがエリスが扱える属性。先ほど言ったそもそもの元凶、というやつですが、その属性とは光と闇の2属性。基本的に相反する属性は扱えない、というのがこれまでの魔法学会の通説だったのですが、それに見事な喧嘩を売っています。

 それだけでも問題なのですが、それ以上に問題なのがこの2属性を掛け合わせた時の効果――。





 ――それは、空間ならびに時間操作。


 そう、エリスはどこぞの同人ゲームに出てくる銀髪でナイフを使うメイド長のように、時間停止などの力が使える訳です。……もっとも、その使い道がわたくしのお世話、な訳ですが。

 後ついでに、時空操作もある訳で当然のことながらテレポート、ワープとでも言いますか。それも出来ます。


 …………正直、お世話とか昼食の早食いのために、ラスボス級の能力を使ってんじゃねぇ! ……と、突っ込めたらどれだけ良かったことか。しかも、本人は完全なる善意でやってます。

 ちなみに、先ほどギラついた目つきをしていた生徒は、エリスの能力に気付き、自身の家へ引き抜けないか。なんて、考えているのでしょう。

 引き抜きなんて許しませんし、なにか危害を加えようとした時点で、わたくし、そしてハミルトン公爵家の全力を以て潰しますが。


 そんなことがあるんで、出来ればエリスには自重して欲しいんですが、無理なんですよねぇ……。

 忠誠心が高すぎて、なおかつ優秀すぎるのも考え物。という好例、いえ、悪例でしょうか……。

 まさか、こんなことで悩む日が来ようとは。本当に考えたこともなかったですよ、えぇ。

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