チャリで新聞配るギャル

神田新世

3月19日 チャリで新聞、配りませんか?

 もーすぐ春休みだ。だからって、特になにかがあるわけじゃないんだけど。学校に行かなくてもいいってお墨付きが貰えるのは、ありがたい。

 今日はサボりの日。これも特に理由はない。ただ、なんとなく行きたくなかったから……それだけ。


 家でなにをしてるかというと、なにもしてない。そりゃ、テキトーに携帯いじったり、メシ食ったりはしてるけど、好きでやってるわけじゃないし。ヒマだから、腹が減るから、仕方なくそうしてるだけ。

 強いて言うなら、たまにチャリでその辺ぶらつくことはあるかな。ずっと部屋に閉じこもってても、気が滅入るし。この時季はちょっと肌寒いけど、晴れた日は陽気がポカポカしていて気持ちがいい。花なんか見てると、ずいぶん気も紛れるよ。

 まあ、それもほんの一時間ぐらいで飽きちゃって、またヒマを持て余すんだけどさ。

 

 アタシ……入間リオナは、そういう無気力、無感動な生活を、何年も繰り返してきた。もちろんギムキョーイクはちゃんと終えてる。今は二年生で、来月から三年生の高校生だ。


 アタシとしては、別に高校なんか行かなくてもよかったのに、親や先生があまりにもうるさいから、仕方なく進学したんだ。当然、受験もしたけど、なんも分からなくて名前だけ書いて寝てたら、なぜか合格してたの。ウケるっしょ。まあ、家から近くて不便しないところは気に入ってる。うん。


 それで、これも当然だけど、高校を卒業したら、大学や専門学校に通うつもりは全くない。てか無理。だから就職することになる。そこで問題になるのが、アタシは働く気も全くないってことだ。


 いや分かる、分かるよ。それがよくないことだってのは、分かりきってるよ。でもさ、ウチは一人っ子だし、お父さんもお母さんもバリバリ働いてるし、まだ大丈夫じゃん? テレビでやるような、何十年も引きこもって部屋から出られないーとかは、遠い未来の話じゃん? それまでに、なんとかすればいいと思う。多分。


 でもそうすると、アタシの肩書は『ニート』になるわけだ。これはダサい、ダサすぎる。女子高生からニートの落差がデカすぎる。これはちょっと、耐えられる自信がないなー。

 バイトをしながら生活するのは、『フリーター』だ。こっちのほうがまだマシかな。週三……週二ぐらいならギリやってもいいかも。ただ、やりたいこともできそうなこともないけどね。


 そんなふうに、将来どうしようかなーなんて、柄にもなくモヤモヤと考えていたところで、ママがこんなことを言いだしたんだよね。


 「リオナ、あんた倉科さんとこで手伝い始めなさい!」


 いや誰だよ倉科。話が全く見えてこない。


 「どゆこと?」

 「倉科さんはね、前からアンタに目つけてたんだって!」


 いや怖ぇよ倉科。話が全く見えてこない。


 「んで?」

 「今日の夜から、倉科さんとこ行っといで!」


 いやいやいや……え、倉科、え?



 というわけで、アタシはその倉科さんとやらの元へ、向かうことになったのだった。

 ちょうど日付が変わった頃に家を出て、チャリを漕ぎだす。


 それにしても寒いなぁ。手袋と耳当てをして、ダウンを着ていても寒い。三月の夜なんか、真冬と変わんないって。こんな時間に一人娘を外に叩きだすって、うちの親はアタシが心配じゃないのかね。


 誰もいないひっそりとした夜道を、ギコギコ進んでいく。

 なんか、こうして夜中に外をぶらつくの、懐かしいな。中学生の頃にちょっとだけ、不良っぽいことをしてみたくなって、深夜に家を抜け出しては街をウロウロしていた時期があった。でもね、実は夜の街って昼間よりも退屈なんだ。なぜならここは田舎だから。ネオンも飲み屋もゲーセンも、なにもない。あるのはコンビニと、街灯の小さな光だけ。そんなところにずっといたって、蚊に刺されるだけだ。もちろんすぐにやめたよ。やっぱ、夜は寝るに限る。


 そんなことを思い出しながら、無心でペダルを踏み続けていると、縦長にぼうっと光る看板が見えてくる。きっとあれだな。それにしても、こんな時間になにを手伝えっていうんだろう。まさか違法なことじゃないよね。


 その辺にチャリを停めて、中を覗いてみる。小太りなオッサンが一人、いた。なんか座ってぼーっとしてる。え、倉科? そんなことないよね、え?


 ……帰るか。なんか危険なニオイがするわ。深夜に女子高生とオッサンが、こんな狭い小屋で一緒になるのはマズいっしょ。あとでママに文句言ってやろ。


 再度、チャリにまたがり、よっこらせとストッパーを上げた……んだけど、もう少し慎重に動くべきだった。ガヂャン、とでっかい音を立ててしまったのだ。


 「あれ、入間さんとこの娘さんだよね?」

 「あ……」


 バレた。

 そうしてアタシは、小太りなオッサン……倉科さんに、事情を聞かされることになったのだった。もちろん狭い小屋の中で。



 「新聞?」

 「そうそう。リオナちゃんがいつも暇してるって、お母さんから聞いてたからさ。せっかくだし、うちでバイトでもしてもらえたら助かるなーと」


 倉科さんは眉をへの字にしながら、申し訳なさそうにアタシを拝んでいる。なんだ、ただの人当たりのいいオッサンじゃん。誰だよ犯罪者予備軍とか言ったの。


 「あのー、バイトは別に禁止されてないですけど、アタシ一応、学校があるんですけど……」

 「もちろん、それは重々承知してるよ。本当はこんなの、高校生にお願いするような仕事じゃないんだけど、猫の手も借りたいぐらいでね」

 「んー……」

 

 倉科さんが言うには、アタシには新聞配達を週三で、十二時過ぎから四時ぐらいまでやってほしいとのことだ。あ、もちろん午前の十二時から四時ね。つまり深夜から明け方まで。


 なんか、アタシのうす~い知識と記憶に、引っかかるものがあるんだよな。この仕事内容……。


 「倉科さん。アタシ、未成年ですよ?」

 「ギクッ!」


 分かりやすいな、おい。どうもおかしいと思ったんだよ、高校生が深夜バイトしてるなんて聞いたことないし。


 「『高校生 深夜 アルバイト』で検索っと」

 「り、リオナちゃん、それ以上はいけない!」


 検索結果。十八歳未満が二十二時から五時まで働くことは禁止されている。以上。


 「やっぱ違法なことじゃねーか!」

 「ひィ!」


 なんだ、ただの犯罪者予備軍じゃん。誰だよ人当たりのいいオッサンとか言ったの。


 「い、いや、聞いてくれリオナちゃん。新聞配達は例外なんだよ、例外!」

 「はぁ?」

 「農家とか漁師は、深夜でも働かなくちゃいけない場合があるだろう? それと同じで、新聞も働ける時間が限られてるから大丈夫なの!」


 ほんとかよ。うそくせー。いくらアタシでも、犯罪の片棒を担ぐのは勘弁だし、断ろう、そうしよう。だいたい明け方なんて、眠くて起きてられないって。


 「悪いけどアタシ、バイトする気はないんで……」


 そう言って、犯罪者予備軍に背を向けて帰ろうと思ったとき。

 目の前に、女の子が現れたんだ。


 「ん……?」


 アタシよりも背が低い、メガネをかけた女の子。同い年ぐらいに見えるけど、なにしに来たんだろう。こんな時間に、犯罪者予備軍の巣に……。

 さては倉科、犯罪者予備軍じゃなくてマジの犯罪者か!


 「チッ……」

 「ごごごごごごめんなさいぃぃぃ!!!」


 舌打ちをすると、なぜか女の子がすごい勢いで謝ってきた。なんだこいつ。


 「あ、くるみちゃん、ちょうどいいところに! リオナちゃんの説得に力を貸してくれ!」

 「くるみ……ちゃん?」

 「はいぃ、新山東高校一年、桃野くるみですぅ! お願いですから痛いのはやめてください、お金は出しますから!」


 いやいや、待て待て。ツッコミどころが多すぎる。もしかしてアタシ、不良と勘違いされてる? それは金髪に対する偏見じゃないか?

 というのはさておき。この子、アタシの後輩だ。ぜんぜん知らない顔だけど。


 「もしかしてアンタも、ここで働いてんの?」

 「は、はいぃ、それはもう、おかげさまでちょうど半年ぐらい!」

 「ふーん。仕事中に職質されたりした?」

 「い、いえそんなことは……。パトカーはたまに走ってますけど」


 ま、そうだよな。お回りもそこまで細かく見ちゃいないか。それにしても、こんないかにもチンチクリンでよわよわな子が、深夜に働いてるとは。ちょっとビックリだな。


 「……ぶっちゃけ新聞配達ってさ、どう?」

 「ど、どうというと……?」

 「こんな時間にバイトするとか、普通じゃないじゃん。それについてひとこと」

 「ん、と……わたしは働いてるところを知り合いに見られたくないから、ここでお世話になってますけど、いいお仕事だと思いますよ」

 「どんなところが?」

 「楽ちんです、とっても」


 楽ちん。アタシの耳は、その言葉を聞き逃さなかった。


 「倉科さん、本当なんですか?」

 「あ、ああ。どんな仕事でも大変なことはあるけれど、新聞配達は楽なほうじゃないかなぁ」


 なるほどね、悪い部分もあることを否定しない。いい受け答えするじゃん、犯罪者だけど。


 バイトかー。深夜かー。新聞配達かー。楽ちんかー。

 ぐるぐる。どうしよう。この子が問題なく働けてるんだったら、必ずしも犯罪ってわけじゃないのかな。それならやってもいいかも。


 「よーし、決めた!」

 「お、おお……リオナちゃん、やってくれるかい!」

 「今日は帰りまーす。さいなら」


 どんがらがっしゃん、と後ろでずっこける音が聞こえた。しーらね。


 「あ……」


 女の子の横を通り過ぎて、チャリへと向かう。

 それにしても、あそこまでビビらなくてもいいのに。そんなに怖い顔してるかな、アタシ。顔をぺたぺた触ってみる。きっと無表情なのがよくないんだな。


 「り、リオナさん!」


 背後から声が届く。アタシは無言で振り向いた。


 「こういうところでは、後ろ暗い過去を持つ人もたくさん働いてますよー!」


 なんじゃそりゃ。なんか笑顔で手振ってるし。後ろ暗い過去? アタシが?

 ……アタシの過去は、明るくも暗くもないよ。空っぽだ。昔も、今も。


 あとから倉科さんの声も聞こえてきたけど、無視してチャリを転がしていく。アルバイトの件は、とりあえず保留かな。ママの紹介だし、一度始めたらきっと辞めるのがめんどくさい。


 ……寒いなあ、ほんと。帰ってコンポタ飲んで、お風呂入って寝よう。こんな冷たい風に当たり続けてたら、しまいには本当に顔が永久凍土になっちゃうよ。

 アタシはちょっぴり、あの子に怖がられたことを引きずっていたのかもしれなかった。

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