第8話 いっときの別れ

「大魔女?」


 馴染みのない単語にわたしは首をかしげる。


「大魔女っていうのはね、魔女のなかでも一番すごい人のことなんだ!」

「へぇー!」


 もっと大きな魔法が使えたりするのだろうか?

 想像するだけで、ワクワクして心が沸き立つ。

 

「ルファならきっとなれるよ!」


 魔法が好きなルファなら、きっと夢を叶えられる。わたしはそう確信した。

 

「ありがと、マナ!」


 ルファは嬉しそうに笑った。

 

 その後もたくさんの魔法を見せてもらった。

 

 一瞬で水を氷へと変化させる魔法。

 それを粉々に砕く魔法。


 光の玉を形成する魔法。

 

 風を起こす魔法。


 炎を生み出す魔法。


 どの魔法も魂が震えるほどの感動をわたしにもたらした。

 わたしも魔法が使えたらなあと考えてしまう。


「マナちゃん、もうすぐ暗くなるから帰ったほうがいいかもしれないよ」


 シャーファさんの言葉にわたしはハッとなって時計を見る。


 針は四時過ぎを指していた。

 

 夏場は日が出ている時間が長いが、南半球にあるこの国は違うはずだ。

 カーテンから外を覗くと、灰色の空には微かにオレンジ色が混じり始めていた。

 

「確かに、そろそろ帰らないとまずいかも……」


 わたしの言葉に、ルファの顔は失望に染まる。


「もう帰っちゃうの?」


 切なげにルファは訪ねてくる。

 その言葉に身体を引き止められそうになるが、暗くなったら危険だと本能が告げている。

 

「ルファ、マナちゃんを困らせるようなこと言わない」

「で、でも……」


 まだまだ遊び足りない、とルファの顔が物語っていた。


「明日も遊べばいいじゃないか」

「マナ、明日も会える!?」


 さっきとはうってかわって、ルファはきらめくような笑顔を咲かせる。

 

「うん! わたしもルファとまたお喋りしたいから明日も遊ぼう!」

「やったぁー!」


 ルファは飛び跳ねるように全身で喜びを表現していた。


「歩くと時間かかるだろうから……ルファ、マナちゃんのこと送っていきな」

「うん!」


 シャーファさんに別れを告げて、ルファと外に出た。そしてここに来たときと同じようにホウキに乗って、空を渡る。


「今日はなんだか夢みたいな一日だったよ」

「ワタシもすっごく楽しかった!」


 今日一日で大冒険をした気分だ。

 

 知らない国。 

 魔法の存在。

 新しい友達。 

 

 いろんな要素がぎゅっと凝縮された、とても濃い一日を味わった。

 

「あ、上着、どうしよ」


 記憶を辿る途中でふと、自分が羽織っているもこもこの上着の存在を思い出した。 

 

「寒いからしばらく貸してあげるよ。これでまた会う口実もできるしね」

 

 ルファはにやりと口角をあげて笑った。

 


 ここに来るために通ってきたかまくらがあるところに戻ってきた。

  

「明日はお昼食べたら行くから」

「じゃあ、それくらいの時間になったらここで待ってるね」

「またね!」

「ばいばーい!」


 大きく手を振り合って、ルファと別れる。


 かまくらに屈んで入り、来た道をゆっくりと戻っていく。


 暗いからちゃんと戻れるか少し不安だ。

 

 暗闇だからか、話し相手がいないからか、急に寂しいという気持ちが溢れてきた。


 ルファともっと話したいな。 


 何を話そうか考えているうちに、気付けば出口の光が見えてきていた。


 光に目を細めながら、木のうろから出る。


 暑い……。夏にもこもこの服は熱がこもる。 

 ルファから借りた上着を脱いで横手に持つ。

 

 さっきまであんなに寒かったのに……。

 気温一つとっても不思議な体験だなと感じる。


 ヒグラシの鳴き声やカラスの声が聞こえてくる。


 空はまだ明るいけれど、林のなかは十分に光が入ってこない。

 

 暗くなる前には家に帰ろうと少し早足で帰路を辿る。


 サクサクと歩いていくと林を抜け、家についた。

 ドアを横にガラガラと開ける。


「ただいまー」

「おう、おかえり、真奈」


 台所からおじいちゃんがひょっこり顔を出す。

 部屋に上着を置いてからおじいちゃんのもとへ行くと、畑に行っていたのだろうか、汗だくでタオルを首にかけている。

 

「さっき採ってきたきゅうり食うか? うんまいぞ」

「食べるー!」


 おじいちゃんがホイときゅうりを渡してくる。


 シャキッと歯ごたえのあるきゅうりを、味噌をつけて丸ごと食べた。


「おいしい〜」

 

 しょっぱさときゅうりのみずみずしさが抜群に合っていた。

 


 夕食は冷やし中華だった。

 具材にはさっき採ったと言っていたきゅうりが使われていた。

 ツルッとした麺は程よく酸っぱくて美味しかった。

 

 

 夜、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

 目が冴えている。

 

 今日の出来事が自然と頭の中を駆け巡る。

 

 夢みたいで、でも夢じゃない。

 

 ルファと明日も遊ぶのだから寝なきゃいけないのはわかっている。

 

 けれど、弾む気持ちはわたしをなかなか寝かせてくれなかった。

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