なしのつぶて

トノイ

はじまり

 閑散とした部屋にただ一人。筆を動かす音と時計の音だけが中から出ている。赤紫になった空にはセミと子供の声が高らかに響いている。小学生か中学生か、声変わりもしていないであろう甲高い声のカタマリが過ぎ去っていく。男は筆を止めた。果たして自分にもそんな時分があったかどうか。

 過去のことを思い出そうとして、ここでどうにもいたたまれなくなり男は机に突っ伏してしまった。

 どうにも苦笑が漏れる。鼻をかみ、そしてまた机に向かった。なるだけ早いうちにこの告白の手紙を仕上げるのだ。誰に急かされているわけでもないが男はとにもかくにもこれを終わらせねばならなかった。

 いつの間にか窓にはアブラゼミが張り付いていた。ジジ……と少し鳴いたかと思うと、そのまま地面へと落ちていった。多分次の日には蟻にでも運ばれているのだろう。その夜、男の部屋は煌々と明かりが燈り続いていた。

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