17 魔物を倒すという事
「よ、よし、じゃあ、飛ぶからなんかあったら助けてくれ」
『承知した。何があってもハルカには傷ひとつ付けぬように気を配っておく故、安心して飛ぶが良い』
「うん。じゃ行くよ」
ふわ・・とゆっくりでも一気に木の上まで出る。
そこは気持ちのいい風が流れていた。
「クロウ!いいよ!行こう!」
風に乗り、クロウを下に見ながら飛ぶ。
次第にスピードを増しながら走るクロウについてゆく。
どのくらいのスピードだろう?すぐに顔に当たる強い風で目を開けているのがちょっと辛くなる。
「んー・・バリア?」
自分の前に空気の盾を置くイメージで呟くと、ビュウビュウ当たっていた風がふわっとしたそよ風に変わった。
「おお・・・」
快適になった空を飛んでの移動は、慣れてくると楽しくなる。
「クロウ!いい天気だね!」
空は青く気温は暑すぎず寒すぎず、障害物も無くそよ風を浴びながら飛ぶのはなんて気持ちがいいんだろう。
鼻歌を歌いながら飛んでいると、下を走っているクロウから硬い声で注意を促された。
『ハルカ、もうすぐ神の森を抜ける。魔物が出るぞ。気をつけろ』
「っ」
魔物と聞いて、ビクっと背中が強張る。
お気楽な気分は一瞬で吹き飛んだ。
『・・・戦うのが恐ろしいなら、結界を張っておくのがよいだろう』
クロウ、俺は戦うのが怖いんじゃないよ。
「殺すのが、怖いんだ・・・」
この世界に来るまで散々屠殺された動物の肉を食ってきておきながら今更なんだと言われても、食肉加工された肉をただ食べるのと、自分で命を奪うのとでは忌避感が違う。
神の森を出たからにはいつかはやらないといけないと思ってはいる。
外の世界は地球と同じように季節が巡っていて、いつでも果物が取れる訳じゃない。
そもそも果物だけでどうにかなったのは、この森のすべてに神の力の恩恵があるかららしい。
果物の中にも少しだが神の力が宿るとか。
食べると疲れた身体が回復するという、向こうの世界でいうとちょっと高い栄養ドリンクのような効能があるらしい。
しかしそこは神の森産果物。神という存在はその名の通り人知を超えた存在だ。ほんの少しの神の力は只人には過剰な力となり得る。
そんなのを毎日食べてたおかげで、これまで殆どしたことが無い森歩きを毎日する持久力があったのだとか。
これからはそれが無くなるのだから、きちんとした食事を摂らないと動けなくなってしまう。
その為には・・・。
分かっているし、やらなくてはとも思ってはいるけど、やらなくて済むならその方がいい。
だから森の中で食事をしなくてもいいように早く森を抜け、街に、店があるところに出たかった。
・・・俺は狡くて嫌な奴だ。
前の世界じゃ当たり前すぎて考える事も無かった、誰かが屠ってくれた生き物の命を頂いていたという事実が、ここにきて辛い現実として襲い掛かってくる。
沢山の命を貰って生きてきて、感謝することも無かった。
「いただきます」と「ごちそうさまでした」の意味を教えてくれたのは小さい頃に死んだ祖母ちゃんだったか。
どんな小さな命もどこかに繋がっているから、その命を貰うからには感謝しなさいって・・・。
「・・魔物とか魔獣って、殺したらどうなるんだ?」
ゆっくりと、クロウの傍に降りる。
出る前に、聞いておきたかった。
覚悟を決めるためにも。
『どうもならぬよ。魔物は世界の営みから生まれる闇の結晶故、屠れば昇華され残るのはそれが取り込んだ魔力の結晶、即ち魔石と呼ばれるもののみ。それは人世界では様々な物の動力源として重宝されておるよ』
「魔物は、動物とは違うって事?」
『動物はこの世界で生まれた命。その命は命から繋がれたものでありそれは創世から命として受け継がれたもの。命は世界そのものであり、世界を創るものだ。良いようにも悪いようにもな。
小さきものは大きなものの糧となりまた命を繋ぐ。人もまた同じ。動物、植物、あらゆるモノの命を食らい次世代に命を繋ぐ。
たまに闇に取り込まれて生き物でありながら魔獣のように人や村を襲い暴れるものもおるが、それらは死すれば魔物と同じく霧散する。人や動物では器が小さい故魔石は残らぬが』
魔物や魔獣はどこにも繋がっていないという事か?
世界の営みが作り出した闇?
それってどういう事だ?
悪意や恨みつらみ・・・憎悪とか?
『魔物が生まれるのは、何も人の感情からのみではあらぬよ。原因となるものは人が多いが。
世界の均衡を崩すのはいつでも過ぎたる欲よ。世界が歪むと魔物は多く生まれ活性化する。それらが多く蔓延れば世界の歪みは広がり更なる闇が生まれる。
人は魔法や武器で抗い魔物どもを屠ってきたが、均衡を崩した後ではそれもまた闇を生む原因となる。魔物の状況を見れば世界の状況も分かるというもの。
そうしてこの世界は幾度も生まれ変わってきたのだ』
「世界が・・・生まれ変わる?」
『そうだ。魔物によって蹂躙され尽くした世界は大半が闇の力に覆われ、著しく生命力が低くなる。まさに瀕死の状態になるのだ。
しかしいつの世にも、闇を浄化し昇華させ世界の歪みを正す聖女や聖者と呼ばれる者が現れ瀕死の世界を救っている。それによりまた世界は営みを取り戻すのだ』
「聖女・・・」
俺がこの世界に来るきっかけになったもの・・・。
聖女がいるって事は、今のこの世界はヤバいって事?
『今のこの世界に聖女はおらぬ。
魔物も増え過ぎるほどには至っておらぬ故な。
日々生まれる魔物は人の中で力のある者が倒して昇華させておる。
出た魔石は価値がある物が多い故、敢えて危険な森に入る者が多く我は辟易しておるが』
「・・・冒険者とか、勇者とか?」
ラノベやゲームの世界そのままだな・・・。
ゲームの中だったら俺も魔獣とかドラゴンまで倒してたけどな。
ここではそれは現実で、やられたら本当に死んでしまう。
死なないためにはやるしかないんだ。
大丈夫・・・。魔物は、「命」じゃない。
倒せば倒しただけ世界の歪みが無くなるんだろう?
『戦う術を持つ者はまだ良い。
しかし、ただ魔石が欲しいがために己の脆弱さも知らず森に入る者が後を絶たぬ。
そやつらは殆どが魔物に喰われ取り込まれて終わりだ。
魔物はそやつらの闇を力にまた強くなり人や森の生き物を襲う。悪循環この上ない』
心底嫌そうに吐き捨てるクロウ。
「苦労してきたんだ?」
クロウだけに?なんて事は言わないよ?俺まだオヤジじゃないつもりだし!
『我は人の営みに関わらぬが、世界の歪みが大きくなれば神の森にも多少の影響はある故、迷惑はしておる。神の森の存在を信じる者がいたずらに森に入り闇に喰われるのを見るのは気持ちの良いものではない。
只人は神の森には入れぬ。それ故神の森なのだから。
それでも伝承として残るのかそうする者は後を絶たぬ。ここ最近はあまりおらぬが。
・・・早うに聖女が生まれれば歪みも闇も小さきうちに浄化され安定も早くに成ろうに、聖女はまるで世界のやり直しを求めるように終焉に瀕した時に生まれてくる。こればかりはどうにかならぬのか』
「浄化・・・」
『聖属性魔法の使い手が多少は出来るようだが、それは魔物にやられた傷を浄化するくらいのものだ。聖女のそれとは明らかに違う』
クロウのいう聖属性魔法の使い手というのは多分神官とかそんな職にある人達だろう。
ラノベでもそんなのが出てきてたしな。
・・・俺にも聖属性魔法が使えるようだけど、俺は聖女じゃないから、多分そう大したことは出来ないだろう。そうであることを信じる。俺はそんな使命請け負ってない。無いったらない。
変なフラグはへし折っておくことに限る。
とりあえず、魔物を倒す事への忌避感は少し薄れたかもしれない。
・・・恐怖は無くならないけれど。
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