10 ベジタリアンではありません

夕べ、少し鬱々とした気分で入ったベッドは思いの外寝心地が良く、起きた時の気分はすっきりしていた。

泣いたことで掛かっていたストレスが多少抜けたのかもしれない。


昨日の服の上に、デニム生地に似たごわついた布の上着を羽織って家を出る。

そして家を収納に戻し、使えるか分からないナイフを一応手に持ち森に向かって歩き始めた。


目の前の枝を腕で押し、入る隙間を作りながらノロノロ進む。

虫は別に平気だが、実家のマンションがペット不可だったのもあり動物とはほぼ触れあった事は無く、慣れない動物はちょっと怖い。昔じいちゃん家にいたグレートピレネーはおとなしくて可愛かったが、あの子は俺が生まれた時からじいちゃん家にいて、半ば俺と一緒に育ったヤツだから別だ。

しかしここは異世界で、生き物は地球とは異なる見た目をしている。

リスに似た小動物にすら鋭い牙があったくらいだ。

出来れば大きな動物には遭いたくない。

・・・しかし、獣道すらない森を歩くというのは思ったより骨が折れる。

魔法で木々の移動が出来る事は分かっているが、さすがに通る場所全部の木々をを移動させていたらそれだけで一日終わってしまいそうだ。

勝手に避けてくれる魔法とか、無いのか?

ああでも、目的も無しに道だけ出来てもな。

なんだっけ、探索魔法とかいうのあったよな確か。今の今ですぐ使えるようなものなのかは怪しいが、やってみない事には始まらないだろう。

早速ウィキ擬き先生にやり方を教わって、仕方ないから一発本番だ。


ウィキ擬き先生によれば、【探索魔法は、自分の魔力を薄い膜または霧のように広げ、触れるものを感知する魔法。レベルにより探索範囲が決まりレベル100は範囲無限】なんだそうだ。


うーん・・・霧、・・・霧ねえ・・・。

俺はその場で両手を広げ、体のあらゆる表面から魔力を放出する。

自分を中心に、霧雨をイメージして、薄く魔力を広げていく。


探すのは食物。

森で獲れそうな・・・木の実とか?

リンゴやオレンジ、梨などすぐ食べられそうなもの。

こんな自然の森の中であるかどうかは怪しいが、野菜を探すよりは余程可能性はあるだろう。

本音を言えば果物や野菜より断然肉が好きだ。

しかしスーパーなんぞない森で肉を食べるためには、まず動物を狩らねばならないだろう。

自分の手で生き物を殺す覚悟など無い俺が、万が一食べられそうな動物を狩れたとして、その捌き方など知らないし、そうする勇気も無い。ただ命を無駄にするだけだ。

だから、不本意ながら俺は今だけベジタリアンになる。

魔法に慣れ、生活に慣れたら人がいる街を探して移動しよう。

そうすれば食べ物を売る店などもある筈だ。

カミサマは俺の生き方に制限を付けなかったから、どこに行っても、何を生業にして生きても良いという事だろう。

せっかく生きる機会を貰ったのだから第二の生ともいうべき今を謳歌しなければ。

その為にも。まず食料の確保最優先。

少しずつ移動しながら魔力の糸を巡らせていると、時折遮る物がある。

動く気配があるそれはきっと森に住む動物達だろう。

今はそれらは無視して目指すは実のなる木だ。



「んー・・・・」



今の探索範囲はおよそ半径30メートルくらいだろうか?

未だ木の実は見つからない。



「もっと広げないとダメか?」



手を前に出し、指先から魔力を広げ探索範囲を広げると『ピン!』と何かに引っ掛かるものがあった。

意識を集中させると、丸い実をつけた木が見えた。

そのまま鑑定を掛けると【リンゴンの木、距離45メートル】とあった。

リンゴンって、リンゴと違うのか?

そう思いつつ、少ししゃがんで地に手をつく。

とりあえずの目標は見つけたから、あとはそこまでの道筋をイメージしながら土の魔法を展開する。

すると。


ザザ・・シャラシャラ・・ズズ…


目標に向かって一直線。俺一人が通れるくらいの細い道が出来た。

俺の魔力に木々が道を開けてくれたのだ。



「おお、さんきゅー・・・」



思わず礼を言ってしまったが、木々はウンともスンとも言わなかった。

そりゃそうだ。

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