第228話 前世の死因
小児科の医師として働いていた。
元々自分で自分を結紮していた頭のおかしい俺だったが、流石に医師としての経験と実績と自信がついて行くに従い、身を削っての練習はなくなり平和に働いていた。
元気になる子、治療の甲斐なく亡くなる子、一応帰宅は出来たが、大人になる事は無さそうな子。
そして、移植待ち。
これが個人的には一番キツかった。
希望が少しだけあるがほぼ無いのは、本当に辛いだろうなと思った。
病院に来た時点でみんな可哀想なんだけどね。
よくある寄付で海外の移植手術を受けるってのは、移植のための弾が多いと言うことではなく、要は資本主義らしく金の力で順番を早めるということだ。
子供の為ならなんでもするタイプと、子供の為とはいえ、他の人を押し退けてまで命を買うなんて、と思うタイプがおり、後者はかなりの確率で間に合わずに亡くなっていた。
俺は子供がいなかったが、前者の事を悪く言うつもりも、後者を薄情に思うこともなかったが、仲良くなっていた子供が移植の待機中に亡くなる度に、寂しく思っていた。
内緒で自分との適合性のチェックなどもしていたが、合っても体の大きさが違いすぎたり、そもそも使ったら自分が死ぬので、当然行えない。
そんなある日、成人の方の患者で入ってきた子供が小児科に移動してきた。
身体はデカいが、まだ14歳で小児科の管轄だったからだ。
症状としては腎不全で、腎臓が機能していない。
透析を繰り返しながら移植を待つ事になる。
そんな状態だった。
透析は辛い治療だ。
太い針を刺して4時間程度動けない。
それを週に3回。
死んでも良いから辞めたいと漏らす大人も少なく無い。
しかしその子はいつも明るく、治す希望に満ち溢れていた。
聞けば野球選手として、将来を嘱望されていて、中学2年生にして甲子園常連校からのオファーが来ている程だったらしい。
「病気になって、それはなくなっちゃったけどね。
野球はどこでも出来るから、そいつらを倒して甲子園に出てやるのさ。」
少年野球をやっていた俺は透析のない日はキャッチボールの相手になったりで、どんどん仲良くなっていった。
この子の身体の大きさならもしかしたら俺の臓器を使えるのではないか?
そう思うと頭をそれが支配した。
血液型も問題ない。
それを院長に相談すると、ぶん殴られるかと思う勢いで叱られ、その後に飲みに連れて行かれ、人生の大切さを説かれた。
しかし、二つあって一つだけ動けば問題ない腎臓を差し出すのになんの抵抗もなく、まともなモラルを持つ院長のいる病院から、モラルが終わっていて、移植の実績が欲しいだけのクソ院長のいる病院に移り、彼を転院させ、ドナーとなった。
術後は単純に切った身体が痛んだが、それには何も思わなかった。
彼がまた野球が出来ればいいな、と、それだけを考えていた。
移植した腎臓がうまく働くかは、運が絡む。
色々と要因があるが、同じ腎臓を使ったとしても確実に成功するとは言えないのだ。
端的に言うと、俺の腎臓は彼の身体で上手く働かなかった。
もう一度行えば成功するかも知れないが、そうはいかない。
俺ももう一つしかないので、それを取ると遠くなく自分が死ぬ。
…なんだ、それだけか。
何故かそう思い、もう片方の腎臓を摘出した。
タイムリミットは3日。
透析もせずにそうすると、そんなもんで死んでしまうか動けなくなる。
前回の手術の回復を待ってギリギリ再手術可能なタイミングで摘出して、勝手に再手術をした。
遺書として病院に書き置きを残して失踪したので、予後はわからない。
上手くいってくれる事を祈るだけだ。
当然それが原因で俺は死ぬ事になるのだが、賃貸の家で死ねば迷惑が掛かるので、海に身を投げた。
それで前世は終了。
今となればなんらかの精神疾患に罹っていたとしか思えないが、今でも別に後悔はしていない。
何かを思い込んで続けることに生きがいを感じていた男が、思い込みを達成したまま死んでいった。
ただそれだけの話だ。
「まぁ、どうかと思いますがね。
それでも私は気に入ってしまったんですよ。
自己犠牲と、意志を通す力をね。
それを英雄の精神性と称した訳ですが、結局今世もそんな感じで死にましたね。」
うん。
まぁね。
今回も後悔はしてないよ。
「そうですか。
私も貴方を呼んで後悔はしてませんよ。」
それは…少し嬉しいな。
「あとは貴方のやった事を見守るだけですね。」
そうね。
前はどうなったか分からなかったけれど、今回は見てられる。
ドキドキするね。
見なくて良いなら見ない方がいいわ。
自分がやれるなら自分でやる方が精神衛生には良いしね。
オシム監督がPK戦を見ない気持ちがわかるよ。
やるべき事はやったから、後は神に祈るだけだ。
「祈っときます?」
なむなむ…。
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