第90話 無魔法

なーんちゃって!

死んでませーん!


「…びっくりするからやめてよ…。」


意識が戻るとピリルルが涙目であわあわしていた。

本当に悪気がなかったんだ。

ならあのセリフはなんなの?


「知らないの?

ラルフィード英雄譚の樹の生えた王様の話。


樹の神だったラルフィードが鉄の神と戦うシーンだよ!

鉄の神がラルフィードを騙して後ろから突き刺そうとするシーンの台詞だったんだけど…。

知らなかった?」


知らなかったよ。

でもその物語はめちゃくちゃ気になる…。

読んだらイジれそう…。


「でも、ラルフィードも背中から剣が刺さるし、知っていて脅かしたのかと思ったよ。

知らなかったのか…。

ごめんね。

痛かった?」


普通の人なら吐きながら転げ回る程痛かったけど、僕は大丈夫だよ。


「刺したらいきなり消えちゃったけど、どうやったの?」


あぶねー!

無魔法役に立つじゃん!


僕は光というものの仕組みを知っているから、この魔法で光の屈折を利用して姿を消せる。

さっき能力を貰うまでは出来なかったやつだ。


無魔法って、使ってみるとイミテーション魔法というより…。


「凄い!

消えた!


どうやったの?

ねぇ!」


僕はそのまま天井にラルフィード様を投影し、後ろから襲われる黒い影を描いた。


「えー!

凄いよ!

ラルフ!」


あはは。

やっぱりそうだ。

僕の感覚だとイミテーション魔法じゃなく、光魔法だ、これ。


ただ、熱とかを帯びないし、光の性質だけだから攻撃力が皆無なんだ。


ピリルル、その話の本持ってたら貸してくれない?

ちゃんと読めばもっとやれることが増えるもしれないよ。


「ほんと?

いいよ。

後で持ってくるね。」


ピリルルはこんな話は知っているかな?

僕は前に読んだ黒い街という話に出てくる、絵描きの男の子が、雨を降らせるシーンを投影した。


「…もしかして黒い街?

このあと、兵士たちが優しい人たちが住む村に放った火を消すために雨を降らせるところ?」


そうそう。

結末は暗い話だけど、この部分はカッコよくて好きだったんだ。


「この子魔女の村で生まれた男の子なんでしょ?

なんで呪われちゃったんだろうね。


ラルフは魔女の村に行ったことはある?」


あるよ。

この間までいたから。


そうなんだ。

僕が読んだ本にはその設定は出て来てなかったな。

そういえば魔女の村に女の人しかいない理由は聞いてこなかったよ。


「えっと、確かね。

元々魔女の人たちは空の民っていう、すっごく魔力の強い女の人と、全然魔力がないけど空で雲を描く仕事をしている人達の末裔で、その民は少しでも魔力がある人が産まれるときは女、全く魔力がない人は男で産まれる人達だったんだって。


それで女が地面の世界、男が空の世界で別れて仕事をしていて、交流しながら暮らしてたんだけど、ある日から女の人が空を飛べなくなって交流が消えて、地面の世界の魔女だけ残ったんだ。


それで、魔女たちは近くに住んでいた龍に頼んで空に連れて行ってもらう代わりに、龍を祀る事にしたんだよ。


なんでだったか、空との交流は消えてしまったらしいけどね。


たしか、当時の地面の長と空の長が揉めたかなんかだったはず。」


すっごい信憑性あるわ、その話。


あぁ、だから地上で出会う魔力がある男との子供しか居ないから、女の人ばっかりだったのね。


龍との約束を律儀に守るためには、強い男しか受け入れられないってことは魔力がゼロの男を選ぶ事はなかっただろうし。


凄いねピリルル。

知識が豊富だ。


「僕はここからあんまり出ることがないから、皆が寄ってくれる時にお願いして、世界の本を集めているんだ。

だから、自分で見て来た物じゃないんだよ。


知ってるだけで、知識とは言えないと思うんだ。

だから、今回ラルフが来て、こうして話が出来てすごく嬉しい。」


そっか。

僕も友達になれて嬉しいよ。

もう後ろから突き刺さないでね。


「うん。

…ごめんね。

有名な話って聞いてたから、地上の人間なら誰でも知ってると思い込んでたんだ。

だからいきなりやってみたら仲良くなれるかもしれないって…。

初めて話せる相手が出来たかも知れなかったから、どうして良いかわからなかったんだ。

他の龍達はあんまりこんな話に興味ないのが多くて…。」


なるほどね。

すっごい伝わった。


初めての同志と出逢って我を忘れた、オタクがはしゃいで早口になるのと同じ現象ね。


わかるわかる。


僕は違ったけど。

全然違ったけど。

本当に違ったけど。

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