第19話


 ねこはもじもじと潰した紙を弄んでいる。歌詞の内容が内容だけに僕に感想を求めるのが照れ臭いのだろう。「どうだった?」と訊ねる声はちいさい。


「よかったよ」と僕は言った。彼女の様子を見ているとこちらまで恥ずかしくなってくる。どうやら恥ずかしさも伝播するモノらしい。「特に人と人が暮らす営みと、ハートっていうカタチの形容とがかかっているところ、あれは驚いた。思いついた時は『キタ!』って思ったんじゃない?」

「まぁね」と彼女は素直に肯く。「降りてきたの」

「いいね」と僕も肯く。「ねこは僕と出逢った時から、ずっと頑張っているよね」

「そうかな」首を傾げながらねこは言った。「でも、頑張っているのはわたしだけじゃないでしょ。みんなそれぞれ何かしらを抱えて、悩んだり挑んだりしてるモノじゃない?」

「あるいはね。でも僕が知るなかでは君がとりわけ頑張っている人なんだよ」

「ふぅむ」ねこは唸る。それから「でもね、頑張りたいわけではないんだよ」と続けた。

「そうなの?」

「うん。サボりたい、ごろごろしたいって思うことはたくさんあるよ。……でも、そういう時は、たとえば10年後の自分のことを考えるの」僕の脳内には店内にいる件の女性たちの姿が浮かぶ。「その頃のわたしはきっと今より体力も気力も落ちているの。今の自分でさえサボりたい、ごろごろしたいって思うんだから、10年後のわたしはもっと切実にそう思うはず。今できることをしないで『やっておけば何か違ったかな』って、今よりもくたびれたわたしに思わせたくないんだ。わたしはわたしが弱いことをよく知っているから、今よりくたびれた自分が今の自分以上に頑張れるなんて思わないの。だからその頃のわたしが『これだけの結果を残したんだから思いきりごろごろしてやる!』って言えるように、今を精一杯やれる自分――そうありたいとは思ってるんだ」


 僕は指先だけで、音を立てずに拍手するフリをした。「格好いいね」本当に、僕はそう思った。


「まぁ見ててよ」ねこはそう言って膝の辺りに視線を落とした。どうやら、機嫌は直ったみたいだ。



 僕たちはごみを捨て、店内を後にした。屑籠にストローやら包み紙やらを入れる際、ベビーカーのなかの赤子を見ることができた。やはり、幸せの種をありったけ頬張ったみたいにぷくぷくとした血色のいい赤子が希望に充ちた夢を見ていた。

 

 向かいにあるコンビニエンスストアで緑茶を1本とレジ横にある和菓子をいくつか購入し、タクシー乗り場へと足を運ぶ。


「そういえば」とねこが僕の手を引いた。

僕は振り向く。

「今日、これからどこに行くの?」ねこは眉根を寄せて言った。

「言ってなかったっけ」

「うん」

「ごめんね」本当はあえて言わないでおいたのだ。「墓参りにつき合って欲しかったんだ」

「お墓? 掃除とかするんでしょう? ふつうの格好してきちゃったけど」

「平気さ」と僕は言う。「ナオの墓はいつ来ても綺麗だから」

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