秘密の図書館

佐倉井 月子

第1話 秘密の書1 

 暗闇は突然やって来た。

 元々静かなこの場所でも、急に暗くなると驚く。

 「えっ?」

 「何?」

 「ヤダー」

 「停電?」

 あちこちで、囁く声が聞こえる。

 分かってはいるけど、誰かの声が聞こえるだけで、この暗闇に居るのは自分一人じゃ無いって実感出来て、少し安心する。

 私は天井に向けて突き上げている指をそっと下ろし、胸の前でギュッと握りながら真っ暗な空間を見渡した。

 周りから聞こえる囁き声は、直ぐにざわめきに変わったけれど、それを静めるように、遠くの方から張り上げた声が聞こえた。

 「皆さん、暗くて危ないですから、指示があるまで動かずにその場に居てください」

 その声が合図になって、真っ暗な空間のあちらこちらで、ぼわっと白い光が浮かび上がり出した。気味が悪いと感じた光の正体は直ぐに分かって、私も真似をする事にした。

 スマホのライトだ。

 私は肩に掛けている鞄に手を突っ込んで、手探りでスマホを探した。

 数冊の本に邪魔をされながらスマホを掴むと、ライトを点けて床に広げている本を照らし、目的の文字を探す。

 「クルース トラ―タ デュスタ」

 口の中だけで小さく呟く。

 「クルース トラ―タ デュスタ」

 今度は隣の人と話すくらいの声で。

 「クルース トラ―タ デュスタ!」

 右手の人差し指を天井に向けて振り上げながら、授業で発表するくらいの声で、ハッキリと唱えと、指先から青白い光が広がって、高い天井にぶつかったと思ったら、何事も無かったように、館内は明るくなった。

 「うわっ」

 「点いた」

 「良かったぁ~」

 驚きの声と一緒にパチパチと小さな拍手も聞こえる。

 私は、ホッと安心のため息をついたけど、直ぐにキュッと口を結んで、決心した。

 ライトを照らしているスマホを鞄に仕舞うと床に広げた本を抱えて、まだ貸し出し手続きをしていない4冊の本と一緒にカウンターに向かった。

 「これ、お願いします」

 いつも銀縁の眼鏡をかけている司書のお姉さんに、利用カードと5冊の本を差し出す。

 司書のお姉さんは、さっきの停電なんて無かったように、いつもの優しい笑顔で微笑ながら、私の利用カードと本の後ろに付いているバーコードを次々を読み取る。

 「ニコちゃん。お目当の本は見つかった?」

 「ん~、近そうなのはあったかなぁ」

 言葉を濁してしまったのは、どうしてだろ?

 何故か、あの本の事は誰にも話してはいけないような気がして、図書館の本なのに、司書のお姉さんにも話せなかった。

 「はい。返却は2週間後ね」

 司書のお姉さんは、私の歯切れの悪い口調を気にする事も無く、貸出手続きが済んだ5冊の本を渡してくれた。

 本を受け取った時に見たお姉さんの目の色が、茶色というよりオレンジ色に見えた。

 「はい。ありがとうございます」

 私は、オレンジ色の目に秘密を見透かされる前に目を逸らし、急いで家に帰って部屋に直行した。

 深い緑色の分厚い表紙は、英語じゃ無いような外国の文字で、タイトルが書かれているけど、平凡な小学5年生の知識では一文字も読めない。

 中に書かれている文字も、ほとんど読めないけど、所々、カタカナで書かれている箇所がある。そこには絵も描いてあって、読めない文字の内容を想像させるから、図書館で唱えた言葉も、絵を見て理解した。

 蝋燭が付いた絵。

 これは、きっと明かりを点ける呪文が書かれたページだ。

 そして、私が高々と指を突き刺しながら唱えた呪文は、本当に明かりを点ける呪文だった。

 突然の暗闇を作り出したのも、その前に唱えた呪文のせいだろう。

 「ルイベージ ドンテ ミクラート」

 そう言ったら、図書館の灯りが全部消えた。

 私は何と、魔法の本を手に入れてしまったのだ。

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