アリジゴク

あごたん

1

 私はアリだ。働きアリである。しかし、これはあまり大きな声では話せない事柄なのだが、実は私はこの巣から生まれたアリではないのだ。私は前の巣では落ちこぼれのアリで、外で食料を見つけて巣まで持ち帰る、というような器用な仕事は、到底私のような無能の一匹にこなせるものではなかった。私にできることといえば、手ぶらでぜえぜえ息を切らしながら、前方のアリとそのアリが持つ大きな食料を追従することで精一杯だった。そんな無能な働きアリの私は、無能らしく肩身をぎゅっと窮屈にして、呼吸を我慢するように生きていくことが苦しくて仕方がなかった。そんな苦悩に耐えかねた私は、行くあてもなしに巣から飛び出してしまったのだ。そうしてたどり着いたのが今の巣である。

 

 私が迷い込んだ時点では、この巣はまだ巣として完成されておらず、数匹の小さなアリが、何か落ち着かない様子で、出口の周りを右往左往していた。それはなんとも幸運に恵まれたというもので、かつては無能のアリとして働いていた私でも、仕事内容への理解や、それらの経験値に関しては、無能ながらも一日の長があり、その未完成の巣における初歩的な仕事を遂行する程度のことは、それほど難しいことではなかった。路頭に迷い、帰る場所を求めていた私は、そこに見つけた新しい巣で、第二の人生をひっそりと生きることを企んだ。そして、その計画は簡単に成功してしまった。私は、初めからそこの巣の一員であったかのように振る舞い、第一線で仕事をこなした。すると、さっきまで右往左往していたアリたちは良い手本を見つけた、といった具合に私を注視しながら、巣作りの仕事に着手し始めた。要するに私は、その瞬間から、無能の働きアリとしての自分を隠し、模範的な働きアリとして生きていくことになったわけだ。


 巣が変わろうとも生活の内容自体にほとんど違いはなかった。朝に食料を探しに外へ出て、夜になると巣に戻り、幼虫や卵の世話を終え、六時間ほど眠り、また朝になったら食料を見つけるために外へ出る。基本的にこの繰り返しだ。昨夜はショウリョウバッタの死骸を偶然見つけ、それを巣に持ち帰ると大きな手柄となった。不思議なことに、このような手柄を得ることは、この巣で暮らすようになってからというもの、少なくないのだ。むしろ「少なくない」なんて言い回しでは、過度に謙虚な、むしろ嫌味な印象を与えてしまうほどである。私はこの巣では仕事をうまくこなせている。しかし、その理由はわからない。前の巣と今の巣では何が違っているのだろう?私自身に変化があった?いやしかしそれには全くもって身に覚えがない。もしかしたら、一生のうちの限りある幸運を浪費して、偶然うまくいっているだけなのかもしれない。ああ、もう夜だから眠らなければいけない。

 

 次の日の朝、私は十七匹の小さな集団で食料を探しに外へ出た。これはよくあることなのだが、そのうち二匹が道中ではぐれ、二度と帰らなかった。そんな日常的なトラブルはありつつも、ある程度の食料を見つけ、帰路に就こうとしていた。しかし、おかしい。巣に戻る前に、念の為仲間の数を数えていたのだが、数が合わない。一、二、三、四、、、何度数えても合計十六匹になってしまうのだ。私はその日行動を共にしたアリたちの見た目はよく覚えていたし、そのプラスワンが欠けた仲間のうちの一匹でないことは明白であった。そうして困惑していた私の方に向かって、プラスワンが歩いてきて、他の誰にも聞こえないような、小さい声で言った。

「おれはおまえを知っているぞ。」

私の背筋は凍った。知っている、とはどういうことであるか。それはつまり、私の過去のことであり、隠し続けている無能の働きアリのことだ。私の動揺を他所に、そのアリは薄ら笑いを浮かべながら、話を続けた。

「無能な働きアリってのは基本ろくに仕事もしないで怠けているだけのもんだ。でもお前はむしろ、そういったやつらよりも才能がないのにも関わらず、大真面目にできもしない仕事をしていた。それが不思議で、面白かったから、俺たちの間じゃ笑い草だったんだ。」

私は、ひどく腹が立った。この巣にやってきてから、無数の成功体験に肥やされた私の自尊心は、このアリの下品かつ無礼な軽口を許すことができなかった。私は抱えていたナナホシテントウを放り投げ、そのアリの頭と胸のちょうど間の部分に向かって、素早く、殺す気で噛みついた。意表をつかれたそのアリは、致命傷を負いながらも、私の体を押し除け、すぐに距離を取った。その一瞬で私は我に帰り、硬直してしまった。私の遺伝子に刻まれた本能が、同じ巣から生まれた同胞を殺しかけている、ということにようやく気がついたのだろう。しかし、気がつけば同胞は、私を同胞であると勘違いしている十五匹のアリに囲まれ、無数の攻撃を浴びせられていた。彼らからすれば別の巣の個体、すなわち敵であり、私が彼を攻撃したことで、闘争のスイッチが入ってしまったのだ。

「お前は地獄に落ちるだろう!」

その一言を叫ぶために力を使い果たした同胞は、もがく勢いも次第に弱まり、十五匹のアリに噛みちぎられ、ほんの十数秒の出来事で、ただの死骸になってしまった。呆然としている私の元に駆け寄った仲間たちは、誇らしげな声色でこう言った。

「この死体も餌にしてやりましょう。」


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