名前を教えて

「お久しぶりです」

「いや、昨日来たばかりじゃない。早すぎでしょ」


目の前には昨日初来店してくれた女子高生こと莉子ちゃん。

私が出勤する時間は夕方の17時~からと決めているのだけれど、まさか17時の開店前から待っているとは思わなかった。


それに、こんなすぐ会えるなんて...


「私からしたら、すごく久しぶりに会った気がします」


「そうなものかしらね」


昨日別れてから正直寂しかったし、また会いに来てくれて嬉しいけど莉子ちゃんの前で正直に言うのもなんか違う。


この年になって素直になれないのはダメだけど、照れるから嫌なのよ。


「赤姫さん。もしよければ本名を教えてください」


本名はごく稀に、リアコになったお客さんから聞かれたりもするけど、ほぼ適当に返し従業員にも教えたことがない。

流石に店長には面接の時に教えてあるから知ってるけどね。


本名なんて教えてこれ以上親しくなりたくないけど、莉子ちゃんには特別に教えてもいいかな。


「莉子ちゃん気になるの?」


「はい。後ちゃんはいらないです、莉子って呼び捨てでいいです」


「じゃあ私も敬語いらないわよ、タメで話してくれた方が話しやすいし」


「いえ、流石に赤姫さんには」


「昨日あんな事してた時はタメだったくせに」


「う、それは」


気まずそうに目線を逸らすが、両手で頬を押さえ視線を私から逸らさないように固定させる。


「それに!タメ語にしないと本名も教えてあげないわよ?」


この一言が決定だとなり渋々な感じで敬語をやめることに成功した。


「わかった、だから早く教えてよ」


「仕方ないわね、遠坂燈よ」


「とおさかあかり....素敵な名前ですね」


「あー敬語!もう仕方ないわね、無理しない範囲でタメ語でいいわよ。好きなように話した方が気も楽よね」


「まぁそうですね...燈?燈さん?どっちの方がいいですか?」


「別にどっちでもいいわよ、好きな時に使い分けて呼んでくれたらいいわよ」


「ではそうします。これからよろしくお願いしますね、燈」


「ぅ、ええ。お店では赤姫でお願いよ」

「わかってますよ」


はぁーーー不意打ちのタメって莉子、貴方って子は恐ろしい子ね...

No.2のキャバ嬢をドキドキさせるなんて、まったく可愛い子なんだから。


「で、今日はどうするの?」


「私はお酒が飲めないので、シャンパンとか入れられないですし...なので今日は助っ人を呼びました。もうすぐ来ると思いますよ」


「え?助っ人って」



「赤姫さん!新規のお客様ご来店です!」


ボーイに呼ばれ、背後へ振り返って迎えに行こうと立ち上がり


「行かなくていいです、あっちから来ますよ」


袖をギュッと掴まれてしまい、どうしようかと困ったところに若そうな男性がこちらに向かってくるのが見えた。


「莉子、待たせたな。この美しい方が赤姫さんであってるよね?」


「ええ、そうよ。今日は頼んだわよ、お金は私が出すから」


「可愛い妹には出させないよ、俺が出すよ」


男性は懐に手を差し込み、何かを取り出す仕草をするが莉子がバッと勢いよく手をかざし強めな圧を醸し出す。


「い・い・か・ら!私が出したいのよ、私のお金で赤姫さんをNo.1にしたいのよ」


「ふむ、そういうものか」


(美男美女が話してる姿は絵になるわね)

なんてぼんやりと思っていた脳を切り替えて、キャバ嬢としてのスイッチをオンにする。


「莉子さんのお兄様でよろしいですか?」


視界の隅で莉子がムッとした表情をした気がするけど気のせいでしょ、どこでムッとする要素があるの?


「あぁ、はい。莉子の兄です、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いしますね」


営業スマイルでニコリと微笑み手にかるく触れる。


「...これは莉子が惚れるわけだ」


「兄さん!もういいでしょ、手を離して。赤姫さんも私にはしてくれなかったのにずるい...」


ぷくっと頬を膨らませ、私とお兄さんの間に入りお兄さんに触れていた手をとり莉子と手を繋ぐ。


「あらまぁ、可愛い」


いつも私の前にいる莉子ではなく、妹の莉子を見て微笑ましくなる。

私も妹がいたらこんな感じかしら?


「もう、早くお酒頼んで。どんどん飲んでね、そのために呼んだのよ」


「はいよ、で何頼めばいい?赤姫さんおすすめありますか?」


「あ、そうですね。おすすめは」


初めて来てくれたお客様だし、最初は値段もリーズルナものから頼もうかしらね。

そう思い、比較的お手頃な価格のお酒を指差そうとしたが。


「1番高いお酒持ってきて」


「えっと、莉子ちゃん??1番高いのは100万よ。そんなお金」


「あるわ、ボーイさん1番高いお酒お願いします」


私の話を遮り近くにいたボーイを呼び、強制的に100万もするお酒を頼んでしまった。嘘でしょ...


「そんな顔しないで、大丈夫よ。絶対No.1にしてみせるから」


「ありがとう...でも!もし払えなかったら言ってね。ツケにならできるわよ」


「子供扱いしないで、そんな恥ずかしいことしないわよ。ちゃんと一括で払えるわ」


ふんっと胸を張り上げる姿は子供がはじめておつかいに行って自慢する姿に似ていて可愛い。


私もこんな時あったのかしらね、ふふ。

懐かしさに微笑ましい気持ちになり、自然と笑みが溢れる。

そんな自分の姿をじっと見られていることには気づかない鈍感なNo.2のキャバ嬢。


「失礼いたします!こちらが当店の1番高いお酒になります!!」


ガチガチに緊張したボーイが私達に駆け寄り、両手で掲げあげるように渡してくる。


「ありがとうございます」


莉子が小さな微笑みを浮かべ受け取るとボーイは照れたように笑い去っていく。


これは....

「魔性の女だわ、罪ね。処罰してなくきゃ」

「え、ちょ、あかひゃめ」


自然と流れるように莉子の頬をつねりあげる。強くはしてないわよ、軽くよ?当たり前じゃない。

何故か当たり前のようにつねったけど、普通にお客様にしたらクレームどころではない。


なのに何故かしてやりたくなった、ボーイに笑みを浮かべた表情が頭から離れない。その顔は私だけに向けるものなのにと独占欲でも湧いたのかもしれない。


特別な関係でもなく、昨日会っただけの女子高生に。


「あかひゃめ...いたい」

「っ、ごめんなさい!痛かったわよね」


考え事をしたまま、手を離さずにいたらしく頬が薄く色づいてしまった。


罪悪感と私がつけた色だと思うと初めて感じる不思議な感情が湧き上がってくるのを肌で感じる。

薄く色づきてしまった肌を優しく撫で、痛さが消えますようにと念じながら撫で続ける。


「っめ。あかひめさん...もう大丈夫です」


ピンク色に薄づいた頬が赤く染まり、私の両手を掴み視線だけを逸らしてしまう姿にキュンと胸が高鳴る音が聞こえた。


「あ、そうね。ほんとごめなさい」


自然と私の頬も熱くなるのを感じるが、気のせいだと思うことにする。

流石に至近距離の彼女には気づかれかもしれない。


「いえ、気にしないでください」


2人の空間でなんとも言えない空気が流れる。気まずいような心地よいような不思議な感覚。


「あのー、もうそろ2人の世界から帰ってきてもいいですかー?」


莉子のお兄様から当たり前に現実に戻される。


「すいません!お注ぎしますね」


「いえいえ、莉子が嫉妬しますから大丈夫ですよ」


お兄様は申し出を断り、自分で注いでいくのを悲しそうな瞳で見つめていた。

こんな姿を見つめると可哀想になってくるけど莉子の視線が鋭いため仕方ない。


それからお兄様は100万もするお酒を水のように飲んでいく、それと同じペースで顔も赤くなっていく。


「兄さん、ほらおかわりは?」


「んー?同じのもういっぱい飲むぞー」


酔いが回ったのか、1つ100万もするお酒をおかわりしようとしてる。


流石に顔も赤いし止めに入ろうかと、手を伸ばしかける。


「おかわりね、ボーイさ」


「ちょっと待ちなさい!今のなしで大丈夫よ、ええ」


反射的に莉子の口を手で塞ぎ、駆けつけてきたボーイに断りを入れる。

そんな不満そうに睨まれても私だって折れる気はないわよ。


莉子に睨まれてても、流石にもう一本同じのを頼ませるほど肝は据わっていない。

だかはこそNo.2に居座ってる理由なのかもしれないけど。


「止めないで、お金ならあるわ。沢山頼まないとNo.1にれないわよ」


「今日はNo.1確定よ、100万もするお酒入れてくれる人なんて1週間に1人ぐらいよ」


「1週間...なら私が毎日このお酒を頼んだら月間も年間もNo.1になれる....本当は10本ぐらい入れたいのに」


ふふと嬉しそうに微笑むけど言ってることが規格外すきで頭に入ってこない


そんな馬鹿なって言いたいけど、目の前で100万もするお酒を頼んだ姿を目の当たりにしたため、冗談だと流せない。


(でも、最後の呟きは幻聴よね。10本って合計1000万よ)


「赤姫さんは嬉しくないの」



不安そうな瞳で見つめられ、嬉しくないなんて言えないし。正直に言うと嬉しいに決まってる。


この娘が毎日来てくれたら私はこのお店だけではなく、他店よりも売れているキャバ嬢だって夢じゃないし、売上1億越えのキャバ嬢にだってなれてしまう。



なのになんでだろう...莉子が私のためにお金を使ってくれるのは嬉しいのに止めてしまう。


「嬉しいわよ...でも」


「なんで...No.1になりたいんじゃなかったの?...燈さんに恩返しが出来ると思ったのに」


悲しそうに俯く彼女に胸が痛むけど、私が止めないと誰も彼女を止めてくれないでしょ。


「恩返し?」

「うん、でもその話はここじゃ嫌」


莉子に恩を感じさせるような事をいつしたのか、全然思い出せない。

会ったのだってつい最近の事だし、えぇいつだったかしら?こんな綺麗な娘だったら覚えてると思うけど。


「別にいいよ、無理して思い出さなくても。私が覚えてるから」


「...気になるんだけどな。あ、そうだわ」


私は懐から名刺を取り出し、ボーイから借りたペンで連絡先を書き込み莉子に渡す。

「これ...いいの?」


「ええ、この名刺は私が特別だと思ったお客さんにしか渡してないのよ、もちろん今までに渡した事あるのは数人よ」


「数人いるのね...でも嬉しい」


そう、名刺は特別なお客様にしか渡してないけど連絡先は今まで渡したことはない。

でもそれを教えるのは恥ずかしいから言わないけど。


個人的な連絡先交換はお店で禁止されている。もちろんお店用の連絡先は交換しても大丈夫だけど私が渡したのは個人的に使う方の連絡先。

だから、あまり大きな声で言えない。


ボーイが近くにいない事を確かめて莉子の耳に唇を近づける。


「連絡してね、私も連絡するからね」


ふっと息を吹きかけ、呟くの莉子の体がブルっと震えたのがわかる。

え、大丈夫かしら。流石にふーはやりすぎ?くすぐったかった?心配になり赤くなった表情を見つめると、片手で顔を覆うように隠してしまった。


「約束よ?」

「うん、約束ね」


こうして2人で初めての約束を取り付ける事に成功した。

もちろん、莉子から連絡してくれないと私からは連絡出来ないんだけどね。

まぁ、莉子ならすぐに連絡してくれるでしょう。



少しずつ莉子と仲良くなれていくことに嬉しさを感じるけど同時に不安になる。

私にとって莉子がただの客ではなくなった事を意味してるから。


普通のお客様には個人の連絡交換なんてしないし、仲良くなったとしてもお店の連絡先を教えるだけ。

でもプラベートで仲良くするのは、同性だしいいわよね。


年も近いんだし...自分が納得できる理由を探してしまう時点で普通のお客様ではない。


(もっと莉子のことが知りたい、この想いに嘘はない。仲良くなって莉子の1番になりたい...なんてね)


私が自分の想いに気づくのはまだ先の事だった。


















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