第十七話 クリスマス会三~卵焼きと花火と終わり~

「はいはーい、先ほどの『本音を話そう!!』で代表の広瀬 迅から愛の告白を改めてされた梶原 夏芽ですー」

「同じく司会から告白された多奈川 夏美ですー。二人合わせてナツナツコンビー! いえーい」


 宮古さんが最後まで『本音を話そう!!』を聞いていたし、舞台の後片付けまで手伝ってくれた関係で体育館の準備が中途半端になっているので、『もう二十分なんとか引き延ばして!!』とグループに来ていた。その間も夏芽と多奈川さんの二人の軽快なトークが続いていた。


「迅先輩」

「ん、あぁ、久賀か。こうやって二人で話すのも久しぶりだな」

「そうですね」

「東京から引っ越してきてどう?」


 そういえば、ここ二か月以上毎日話していたにもかかわらず、そういえば、久賀とそんな話をしていなかった。


「こっちに来た目的は儚く散りましたけど、でも、こっちに来てできた親友に彼氏ができたから文句はないですね」


 笑顔で久賀は答えた。久賀の大阪に来た目的にオレは思い当たる節があった。


「……、それって……」

「それ以上言わないでください」

「なんかごめん」

「迅先輩のいじわる」

「……」

「迅先輩のバカ」


 これ以上、オレは何も言えなかった。何を言っても久賀を傷つけるような気がした。いや、傷つけるよな。


「ただ、オレから言えるのは……、久賀はえらいよ」

「ウチがえらいのはわかりきってることじゃないですか」

「そっか、それならよかったよ」


 オレはここから逃げ出したい気持ちもある。でも、実行委員の仕事もしないといけない。『二十分引き延ばせ』と麻実さんから指示を受けていた。夏芽と多奈川さんの軽快なトークもそろそろ尽きてきている。おそらく、久賀も同じ思いなのだろう。久賀が何か思案している顔をしている。麻実さんが『準備できた!!』とグループチャットに送ってきた。


「それでは女子の皆さんー!!」

「宮古の女将に卵焼き教えてもらいましょう!!」

「レッツゴー体育館!!」


 あれ? 久賀? いつの間にか夏芽と多奈川さんのそばに行っていた久賀が体育館に女子生徒を集めていた。


 オレはオレでやることがある。『本音を話そう!!』で好きな人からフラれた先輩たちのアフターケアだ。当初の予定にアフターケアはない。ただ、オレがするのって火に油をそそぐようなものでしかないと思った。

 だけど、代表である以上それをしないといけない。


「……やるか」


 まずは、双葉先輩だろう。双葉先輩を探した。今、男子生徒は宇川さんの売店に集まって牛串の争奪戦をしていた。宇川さんは店の撤収作業をしている。牛串はフライを揚げた後に油をきるような道具の上にまとめて置かれいた。夏芽のお父さん、忠さんも同様だ。そういえば、宮古さんの作り置きの卵焼きの売店はどうなったんだろう? それも確認しないといけないが、やはり双葉先輩のアフターケア優先だ。


「夏芽ちゃんの彼氏!! お前の分だ!! まだ終わってねぇけど、お疲れさんだ」

「宇川さんの中でオレは広瀬ではなく、夏芽の彼氏なんっすね」

「ガハハ、そりゃそうだ。夏芽ちゃんは商店街のアイドル的存在だからな。まぁ、なんだ、今の子でいう『推し』みたいな感じだな」

「……推しに恋人ができて、悔しくないんすか?」

「夏芽ちゃんの彼氏、わかってないな。推しは推し。好きとは別だ。推しには幸せでいてほしいからな」


 『そうすか』と答えて牛串の最後のひとかけらを食べた。塩味が効いていて美味しい。確かに推しにはガチ恋勢という特殊な勢力が存在するらしい。オレはそういうインターネット関連は好きな分野しか見ないのであまり関心がない。『推しかぁ』と思いつつ宇川さんにあいさつをした。


「ごちそうさまです。オレ、ちょっと行くべきところがあるんで」


宇川さんは、牛串に集まっている男子生徒のほうに歩いていってこちらに振り返った。


「マジメな兄ちゃんだからな、やりたいことはわかる」


 『右』と手でサインを出していた。そこにいたのは双葉先輩だ。一緒にいるのは……友人だろうか? 軽く笑っているのがわかる。双葉先輩に向かって歩いた。双葉先輩はオレに気づいて声をかけてくれた。友人は気を使ったのかその場を立ち去った。


「広瀬くん……」

「はい」


 オレは怒られるかもしくは『おれの想いをおもちゃにして』と言われると思っていた。


「ありがとう」

「え?」

「藤原先生に想いを伝える機会をくれてありがとう」

「……はい、でも、すいません」

「どうして謝るんだい?」

「その先輩の思いをおもちゃのように扱ってしまって」

「それは大丈夫。正直、親友に、話していたんだ」

「そう……なんすか」

「でも、親友にはさ、絶対思いを伝えるな、バカにされるだけだって言われてたんだ。ホントはさ、さっきの本音のもおれは告白する気はなかったんだ。多奈川さんだっけ? 一般参加の窓口担当の司会してた子」

「多奈川っすね」

「あの子には、先生の授業は上手です、先生みたいな教師におれはなるって言うって伝えていたんだ。でも、いざ、舞台上にあがると、思いを伝えたい。卒業したら二度と会えないなんて嫌だ。そう思うとすべて話していたんだ」

「そうですよね、先輩は三年ですから、来年の三月には卒業ですから……ね」


 ふと、夏芽の笑顔がよぎった。そうだ、夏芽も中学3年生だから、三月には卒業……か。


「キミの彼女」

「ん?」

「いや、舞台で広瀬くんが盛大に愛してるって言っていた彼女」

「夏芽すね」

「うん、あの子、中学三年だよね?」

「そうですね」

「大事にしてあげてね」

「大事です。もう、何よりも」

「あの子、内部進学するの? 外部進学?」

「それは……前から何度か聞いてるんですけど、答えてくれなくて」

「そっか、家庭の事情は人それぞれだもんね、彼氏と言えどそこまで踏み込めないよね」

「それはそうですね。でも、双葉先輩が見た感じ元気でよかったです」

「ありがとう、広瀬くんはまだ代表の仕事があるんだろう?」

「はい」

「それをきちんとこなしてきて。もし、まだおれに悪いという思いがあるなら、ここにいてもいいけど」

「……悪いという思いはずっとあります。多分、オレの性格を考えると、きっと先輩が卒業した後とかにも……。下手したら墓場まで持っていくくらい……」

「広瀬くんはマジメだね。もっと、ラフに行こう。これがおれの先輩としてのアドバイスだね」


 その言葉を聞いてオレは立ち去ろうとした。その後すぐに先程とは別の双葉先輩の知り合いが、『ふたばー!! よく頑張ったなー』と声かけていた。大丈夫とでもいいたげに双葉先輩はニコッと笑った。それはすごくいい笑顔だった。


 時間は経ち、なぜか宇川さんと忠さん、矢切さんの商店街の店主たちがオレのそばにいた。


「夏芽ちゃんの彼氏、日本酒、飲んでもいいか?」

「持ってきてんすか?」

「いや、車の運転があるから今日はお預けだな」

「宇川さん?」

「気にするな、広瀬」

「はい!! なんでしょう忠さん」

「修司の息子」

「はいはい、なんでしょ矢切さん」

「宇川のこれは日本酒の禁断症状じゃなくて、かまって欲しいだけだから気にしなくていいよ」

「気にするな、広瀬」

「あの、矢切さん、忠さんのこれはなんでしょう?」

「さぁ? 忠のこんな姿ははじめてみるからね、わからない」

「おとうさん……」

「宇川のお父さんは……」


 宇川さんが『おとうさん』と言ったのを見て、矢切さんは忠さんが何をしたいのかわかったらしく、かと言って、それを大声で言うのは、外れていたら忠さんも恥ずかしいらしくオレに耳打ちで話してきた。


「お義父さんって呼んでほしいんじゃない?」

「お義父さん……?」

「ほら、キミ、忠のところの娘さんと付き合ってるから、きっとそうだよ」


 これは外れていたらオレも恥ずかしいし、忠さんも恥ずかしい。でも、言われてみたら、それしか思い当たらない。忠さんをまじまじと見つめた。


「なんだね? 広瀬」

「お義父さん」

「誰がお義父さんだ……。いや、ありがとう!! 広瀬がこのタイミングで言ってくれないと、今後こういうやり取りができないと思ってしまってついからかってしまった」


 宮古さんが体育館から出てきた。何かあったのだろうか?


「ほら、男子、意中の女子のところに行く!!」


 何かあったのではなく、卵焼きのレクチャー及び実践が終わったらしい。イベントの時間は余裕を見て長めに取っている。開始が二十分以上遅れたにも関わらず、実践も終わったのが、クリスマス会の終了予定時間の三十分前だ。


「宮古さん、おでらの分は?」


 忠さんの一人称に思わず笑いかけたがそういう人がいてもおかしくない。


「商店街メンバーになしなんてことはないどす、体育館に行ってのお楽しみどす。ほら、迅くんも!! 夏芽ちゃん頑張ってたよ」

「うっす」


 宮古さんはすごく男前な女性だ。以前、夏芽が夜に学校で宮古さんのカッコ良さをすごく語っていた。このクリスマス会の期間に宮古さんと関わってわかった事がある。この人は夏芽の言っていたかっこいい点もわかるが、商店街の店主の人達に見せる優しさが飴と鞭的な感じで男前を引き出しているのだろう。オレは体育館に男子生徒を引率して入った。


「さて、ここからは女子のステージどす。男子は無礼のないように。せっかく料亭の味をマネできたんだから、思いのない男に渡したら許さんどす。男も気のない女子から受け取ってるの感じたら料亭宮古の女将からの愛の説教が待ってるどす」


 男子生徒はビビると思った。しかし、現実はそんなことはなかった。むしろ、この漢らしさに惚れた男子生徒の方が多かった。『女将!! 俺に一切れください』と叫ぶ男子生徒が多かった。女子生徒は、『男って単純』と言った感じに、やれやれ、とみていた。おそらくだが、『一切れくれ!』と叫んだのは別に好きな異性はいないし、なんか面白そうだからクリスマス会に参加してくれた生徒なのだろう。宮古さんが困ったふうに『こら、わての話聞いてたんか? 想いのない異性には行くなと言ったろ。いま、わてに卵焼きくれと叫んだ生徒、全員、説教部屋行きだ』と叫んでいた。男子生徒にはそれはご褒美だったのだろう。『ついて行きます!!』とぞろぞろ男子生徒は宮古さんについて行った。『いや、このイベントの趣旨よ!!』とツッコミを入れかけたが、さっき、双葉先輩の時に思った、色々な愛の形があっていい、これを感じた。


「迅くん……」

「夏芽、ちょっと待って、宮古さんがタジタジだから代わりにアナウンスしてからくるよ」

「ありがとう」


マイクのそばでは麻実さんと久賀がアナウンスしようとしていた。そこにオレは合流した。


「クリスマス会実行委員代表として最後の仕事するよ」


マイクを持って話し出した。


「実行委員代表、広瀬 迅です。クリスマス会の最後のイベント!! 料亭宮古の卵焼き講座!! 男子生徒!! 意中の女子には近づけたかー?」



 『おー!!』と男子生徒から返事が返ってきた。


「女子ー!! 想いを伝える、もしくは、伝えられる覚悟はできてるー??」


 体育館にあるもう一本のマイクで反対方向から夏芽がアナウンスした。いや、それはオレのセリフ……。いや、でも、異性のオレからさっきのセリフ言われるよりかは同性の夏芽に言われた方が返事しやすいか。


「ったりめぇよ!!」


 女子生徒からはものすごく男前な返事が返ってきた。思わず、ボソッとつぶやいた『男子かよ』をマイクが拾った。しまった、最後の最後に失言してしまった。


「恋する乙女の力なめんなよー男子ー!!」


 また、男子のような返事が返ってきた。おそらくだが、関西人のツッコむ習性と宮古さんがこの三十分の間に教えこんだであろう、『男前な女性』の考え方が、合体して、こんなに男前な女子生徒の返事なのだろう。


「ではではー、いただきますー!!」


 オレがアナウンスした。男子生徒に口を開けてもらって、『あーん』としているデレデレな女子生徒や、ツンデレ風に『べ、別にあんたの為じゃないから』と言ったりしている色んな女子生徒がいた。見ていて面白かった。オレも夏芽からもらった。

 確かに、甘みの中に優しさが広がる味だった。『食レポ下手か!! いや、ふつうに下手だった。そこまで表現としては悪くないか』とオレの中で結論を出した。そこに夏芽が心配そうなのか、自信満々なのか、よくわからない表情で上目遣いでいた。


「うん、おいしいよ」


 ただ、さっきの言葉だと上から目線のような気がしたので、無難な言葉に変えた。それは夏芽にとって不満だったようだった。


「なんか、さっき、もっと色々考えてるような顔してたのに……」

「うーん、まぁ、考えていたと言えば考えていたかな」


 幸せそうな男子や女子もいる。おそらく、想いをうまく伝えられて成功したのだろう。ここは名残惜しいが、イベント終わりのあいさつをしなくてはいけない。それは麻実さんと久賀の役目だ。『そろそろイベント終わり』とだけグループチャットに送った。二人はマイクをとって、イベント終わりのアナウンスをした。


 そして、グラウンドに参加者を集めて、クリスマス会終わりのあいさつをしようとした。実行委員の五人も楽しんでいたので、すっかり誰が副代表か忘れていた。そう、本来は久賀だったのだ。しかし、参加者の中でオレが代表、副代表は夏芽な流れになっていた。さっき、久賀が夏芽に、『副代表は夏芽がいいよ』と譲っていた。なんというか、『久賀のこういうところはまだ引っ込み思案なんだなー東京の時のままだなー』と安心したオレもいた。夏芽がマイクを持って話し出した。そろそろ、グラウンドの焚き木も火が消えそうだ。オレは、他の実行委員に黙ってとある計画を練っていた。日辻や体力に自信のある友だち数名とともに、万が一の為の消防局と花火師さんに協力を仰いで練習をしていたものだ。そう、フィナーレに打ち上げ花火だ。花火師さんと有志の協力なしには達成できなかった。本来、数万円かかるのだが、オレが必死に頼み込んだからか、数千円で引き受けてくれた。その時に、『知事の許可もいる、早めに取っとけ。ワシは外からお前の魂の打ち上げ見届ける』と教えてくれたのだ。


「ちょっとごめん、トイレ」


 そう言ってオレや日辻たちは一斉に花火の隠し場所に向かった。


「なんかおもしろいよな、この五人で、周りからは連れションと思われてるのって」

「そうだな」


その間も夏芽による締めのあいさつは続いていた。


「これもみんなの協力なしでは……」


 そこに、トラブル発生。花火の打ち上げ予定位置に宇川さんが腕組みをして立っていた。


「宇川さん!!」

「肉屋の旦那!!」


「そこ退いて!!」


 言われるがままに宇川さんは動いた。オレと日辻の声に夏芽の話を聞いていた生徒の視線が集まった。角度が万全とは言えない。でも、このタイミングを逃すと……。


「ふぁいあー!!」


 事情を読み取ったのだろう、日辻以外に協力を頼んでいた一人、田中が叫ぶと同時に他の二人により予定の場所のけっこう手前で打ち上げ花火に火がついた。


 バァンバァンと打ち上げ花火があがった。オレもこの花火の本物を見るのははじめてだ。花火師には特別に依頼したわけではない。ふつうの花火を作ってほしいと頼んだのだ。しかし、バァンバァンとあがるなか、最後の1発が打ち上がった。これで終わりか。と物思いにふけたが、実行委員、参加者、商店街の店主たちに花火を打ち上げたオレたちですら、唾を飲み込むほど、手のこった花火が打ち上がっていた。


 それは……


『宝賀、クリスマス会、お疲れ様』


 と何発もの花火で書かれていた。


 みんな、『すげー』と言っていた。もちろん、オレたちもだ。


「ということでーー!!」


 夏芽がマイクを会場に向けて叫んだ。ホントに帰宅部の中学生か? と疑うような声の大きさだった。そう、マイクもなしで会場中に夏芽の声が響き渡った。そして、誰も打ち合わせをしていないのに、もちろん、実行委員も打ち合わせをしていない、『お疲れ様ー!! 宝賀サイコー!!』と叫んだ。

 

 ここだけの話、ここまで盛り上がるとは思っていなかったけど、念の為、グラウンドの声が届きそうな近隣住民には事前に、『今日うるさくします』と言うことを外回りのときにポスティングやチャイムを鳴らして言っていた。


 こうして、オレたちのクリスマス会は終わった。後片付けを除いて。と思ったが、商店街の店主たちがキビキビ指揮をとっていた。なぜなら、花火はほかの実行委員はもちろん、理事長などの宝賀の上層部にも言っていなかったので、げんなりするほどの説教を受けていた。


「まったく、迅くんのせいだからね」

「悪い、サプライズがどうしてもしたかったんだ」

「サプライズ過ぎるよ」

「まぁまぁ、これも青春の一ページということで」


 まったくもう、と麻実さんと久賀がすねていた。


 怒られていたメンバーに日辻や田中の花火打ち上げメンバーの男子もいた。それが故に、多奈川さんは怒られている時も楽しそうで、東校長から注意されていた。多奈川さんにとって日辻と付き合えたのはだいぶプラスの影響を与えそうだ。

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