キミだけと過ごしたかったクリスマス

きゃっくん【小奏潤】

第一章~プロローグ~

第一話ー引っ越しー

「ふぃー」


 これで引っ越しの荷造りはできた。そうは言っても、一人暮らしするわけでもない。年齢的には可能でも、現実的には一人暮らしはできない。そうなのだ、両親と一緒に大阪に引っ越すのだ。


「十年間お世話になりました!!」


 オレは五歳の頃から住んでいた東京のマンションにお礼を言って親の運転する車に乗った。確かに、このマンションにはいろいろな思い出が詰まっている。六歳からの小学生の頃の友だちとバカ騒ぎした思い出。小学生の頃からひそかに片思いしていた女の子が同じマンションに住んでいてその子に彼氏ができて一日泣き明かした思い出。


 最後に、この春だけ通った高校。


 思い返してみると、けっこう充実していたような気がする。今、思い返したのは青春っぽい思い出だけど、もちろん、苦い思い出もある。


 ほら、受験失敗とか、ね?


 受験かぁ。そういえば、大阪に行ってからの高校どうするんだ? いや、冷静に考えてそうだよな。編入試験とか受けてないし、親からそういうアテがあるとも聞いていない。


「母さん、オレの向こうでの高校とかどうなっているの?」


 母さんに聞いた。しかし、返事をしたのは父さんだった。


「あぁ、それは父さんのツレが今年から買収した私立の宝賀ホウガ高校にとりあえず編入試験受けてもらおうと思う」

「宝賀高校?」

「え、斉藤サイトウさん、とうとう教育分野にまで手を出したの!?」


 母さんも話に入って来てオレが会話に入る余地がなくなった。普段、無口で仕事もなにをしているかわからない父さんにそんなアテがあって驚いたし、さらに謎が増えた。いや、オレの父親は普段何をしているんだ?


 この引っ越しも元をたどれば、父さんの仕事の関係だと聞いている。引っ越すと聞いた時も、母さんも父さんも、『まぁ、そういうことだ』と言って、仕事内容までは教えてくれなかった。


 大阪に着き、引越し業者が荷物を家に入れていくのを見守っていた。


「しっかし、引越し業者って力仕事なのにテキパキしてるなぁ」


ジンくん!?」

「んえぇ、誰?」


 急に背後から同い年くらいの女の子から声をかけられて、情けない声と同時に、誰? という思いが湧いてきた。さすがに、東京にいた頃の友だちならわかる。ここは、大阪の都会ぶっている田舎っぽさがある地域だ。ストーカーでもここまで追ってこないだろう。いや、そもそもストーカーいないけど。彼女の様子から少し再会を喜んでいる雰囲気もある。え、でも、誰?  ホント、記憶にない。ごめん、目の前の女の子。


 『自分の部屋の荷物片付けなさい』と母さんから言われたので、それを口実に家に入った。


「ごめん!!  いま、オレ引っ越してきたところだから!!  片付けなきゃ!!」


 家に入り、片づけを始めようとしたところに、急に非通知で携帯電話に電話がかかってきた。出ないでおこうと迷ったが、もしかしたら間違い電話で誰かに急用なのかもしれない。それだと間違い主もオレが出ないと困るだろう。だから、オレは電話に出ることにした。


 『もしもし』とオレが言うと、


『迅先輩!!』

「んえぇ、久賀クガ?」


 そう、電話の主は久賀 梨絵リエという東京にいた頃、東京にいた頃、仲良くしていた女の子の後輩だ。


「どうしたんだ? いきなり、というかなんで非通知?」

『あっ、非通知なのは、ちょっと設定いじったら、直らなくなって。電話番号自身は変わってないので、それで……迅先輩が大阪に引っ越したって聞いて……』

「ん、そうか、まぁ、父さんの仕事の関係で引っ越したけど」


 高校に進学してからは、ほとんど久賀とはやりとりすることもなくなっていた。たまにゲームのライフのおねだり要請が来るくらいだった。


「どこで、オレが引っ越したって知ったんだ?」

『えーっと、それは……』


 なぜか久賀はそこで戸惑った。なんだろう、ちょっと嫌な予感がする。たとえば、オレの家まで遊びに来たがもぬけの殻で近所の人から聞いたとか、ちょっとストーカーチックなことを考えてしまった。確かに、仲は良かったので、家は教えていたし、何度か遊びに来たこともある。


『その……たまたま迅先輩の家の前通りかかったら引越し屋さんの車があったので、そのあと、近所の人に迅先輩ってどこに引っ越したか知ってます? って聞いたんです』


 嫌な予感的中。でも、そんなストーカー的なことするような後輩だったけ?


「なるほどなぁ、ごめんなぁ、なんも連絡なしで引っ越して。いや、久賀と最近連絡とってなかったから別にいいかなぁと思ったんだけど」

『それはいいんです。ウチも連絡してなかったんですから』

「まぁ、ゲームのライフのおねだりは来ていたけどな」

『もう、行っているなら、何か反応くださいよ』

「というか、あういうので実際にライフ復活するのか?」

『あんまりしませんねぇ、アハハ』


 急に久賀が笑い出して少し怖かった。笑うのはいいことなんだが、中学にいた頃の久賀はそこまで感情を表に出さなかった。


「どうした?」

『すごく、懐かしくて、あの頃のウチにとってはかけがえのない一年でした』

「そうか」

『先輩って、大阪の高校、どこ行くかとか決まってるんですか?』

「まだ決まってないけど、多分、父さんのアテで宝賀高校に行くと思う」


 その時、サラサラッと久賀がメモを取るような音が聞こえた。


「それがどうかした?」

『あの……!!』


 急に久賀が決意したような大声を出した。


「びっくりしたぁ、どうしたんだ? 今日の久賀、なんかおかしいよ」

『そうですよね、ウチのこういう微妙な変化に気づいてくれるのは、先輩だけですよ』

「いや、けっこう大きく変わっているけどなぁ」

『そう言ってくれるのは先輩だけですよ』

「そうかねぇ?  周りも気付いているけど、当たり前すぎて何も言ってないだけじゃない?」

『そう……ですかね? それはさておき本題なんですけど、ウチ、決めた!!』

「何を?」


 ここで再びオレの嫌な予感がした。そう、来年、大阪に来て、『宝賀高校受験する!!』とか言い出すのでは? と思ったが、それを実行するには、担任というか学校の許可と親の許可がいる。まず、受験するには旅費などの宿泊費や、合格した後の家などもある。さすがに、それはないか。


『来年の高校受験、宝賀高校の専願にします!! 落ちたら高校浪人します!!』

「やめとけ」


 久賀が『専願にします!!』という声が聞こえた時点で、『やめとけ』という言葉が出ていた。さすがに、高校浪人はダメだし、なんで? という思いがある。


『どうしてです!?』

「宝賀高校って大阪だし、仮に合格した後は、どこから通うの? 毎日新幹線なんて、交通費の前に朝に間に合うにはきっと始発でも間に合うかどうか微妙だと思うし」

『それは……』 

「久賀、現実を見よう」

『それでもウチにとっては意味のある事なんです!!』

「まず、学校をどうやって説得するの? 学校だけじゃなくて、親もだし」

『もう知らない、来年絶対宝賀高校に行くもん!!』


 そのまま久賀は電話を切った。なんだったんだ?  嵐のようだったな、というか嵐だよな。まぁ、さすがに、宝賀高校には来ないだろ。オレも実際に行くかまだわからないし。その後、オレは玄関で話しかけてきた女の子のことも、久賀のことも気にせず引越しの荷物を片付け始めた。


 晩御飯は簡素にカップ麵とレンチンごはんと聞いたが、引っ越してきてすぐの家にそんなものがあるのか? まだ親の分というか家の分はまだ片付けが終わってない。


「迅、スーパーでカップ麺とレンチンごはん買ってきて。帰ってくる頃にはケトルも電子レンジも出しとくから!!」


 母さんから頼まれてスーパーに向かった。引越してすぐなので、スーパーの場所もわからず、スマートフォンのマップを見ながら、スーパーを探した。スーパーに着いて、カップ麵とレンチンごはんを探していた。


「あっ、迅くん」

「さっきの……誰だっけ?」

「やっぱり覚えてないか」


 オレに話しかけてきたのは、家で引越し業者がテキパキ動いているなぁ、と感心している時に背後から声をかけてきた女の子だ。


 『やっぱり覚えてない?』


 過去にこの女の子と出会った記憶はない。もちろん、東京での知り合いでもない。


「ホント、ごめん。覚えてない」

「そりゃそうよねぇ、だって、迅くんと会ったのは10年前だもんねぇ」

「十年前?」


 十年前と言えば、五歳か、記憶にあるのは、東京に引っ越す時に、一人の女の子が見送りに来たくらいだ。いや、さすがにあの子ではないか。というか、どんな子かすら覚えていない。


「まぁ、いいや、せっかく、またこうやって顔合わせる可能性があるわけだし、またよろしくね」

「あ、おう、せめて、名前だけでも教えてくれよ。なんて呼べばいいかわからないし」


 そう、オレのは目の前にいる女の子の名前を知らない。それが故に何と呼べばいいかわからない。今後会った時に、『あっ、……』と呼ぶわけにはいかない。


「ん、あぁ、私は、多奈川タナガワ、多奈川 夏美ナツミだよ」

「多奈川さんね、今後ともよろしく、オレは、なんでか知られてるんだよなぁ」

「まぁね」 

「なんで知ってるの?」

「それは時が来たら教えるよ」

「それじゃ、私はお惣菜コーナーの割引品探しに行ってくるねぇ」

「おう」 


 多奈川 夏美。どこか懐かしく、聞き覚えのある名前だな。と、ふと思った。いや、知り合いってことはないな。


「おっと、オレもカップ麺とレンチンごはん買わないと。カップ麺はきつねうどんでいいか」


 そのままオレは家に帰った。なぜか、母親からは、きつねうどんよりも天ぷらそばが食べたかったなぁと言われた。


 それなら先に言えよ。

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