第18話 鷺沼くん

「あとはいつ振るかね」

「うん」


 それから話は、凛音ちゃんの一言でいつ穣くんと別れるかというものにシフトしていった。


「今日でいいんじゃない?」

「部活ないの?」

「あるけど、授業終わってから部活始まるまでは少し時間が空いてるし、その時間にやっちゃえるでしょ。鷺沼も後から部活があったら下手に大事に出来ないだろうし」

「確かに! 美海頭いいー!」

「そうね。それに下校時間なのもいいわ。なにかをしようにも人の目があるもの」

「今日……今日ね、うん。頑張る!」

「別に無理しないでも明日でも明後日でもいいんだよ?」

「ううん、今日にする。この覚悟が薄れないうちに」

「そ。じゃあ次は場所ね」


 別れを告げる場所。

 さっき凛音ちゃんが言っていた人目。

 確かに人目があることによって、穣くんがなにかを起こそうにも、すぐ第三者が気づいてくれるというメリットがある。

 でも、さすがに人目が多すぎるところで振るのは違う気がする。

 なら──。


「うーん、人通りは少ないけどいないわけじゃないくらいのところ……?」

「体育館裏とか?」

「あそこ、放課後は部活の人たちで溢れかえるよ」

「それこそここの教室はどーよ!」

「あー、いいかもね。人は来ないだろうけど助け呼んだら気づいてくれる人もいるだろうし、職員室も近いし」

「そうね。私もここならいいと思うわ」

「うん。……よし! じゃあ、穣くんに放課後ここにくるように連絡するよ」


 スマホを起動し、ライムを開く。

 一番上にくる玲くんの名前に励まされつつ、その一つ下にある穣くんの名前をタップ。

 穣くんとの最後のやり取りは、昨日のえっちのお誘いのやつ。

 その文面をみて少し顔をしかめてしまう。

 でも気を取り直して文字を打つ。


『話がしたいから今日の放課後に文化棟の旧視聴覚室に来れる?』


 少し待つと穣くんから返信。


『今からじゃだめか?』『部活あるんだけど』

『うん。出来れば放課後』『そんな時間はとらせないから』

『わかった』


 穣くんからの了承を確認してスマートフォンを閉じる。


「どうだった?」

「うん、約束できた」


 穣くんに別れを告げる準備が整った。

 思い出すのは半年前。彼と付き合うことになった日。

 それまでの穣くんは私にとって、入学式の日に友達になった美海ちゃんの友達といった立ち位置の人だった。


 それから日が経つにつれて、関わる機会が増えてきた。

 あるときは、私が日直の時に仕事を手伝ってくれた。

 あるときは、先生に頼まれてノートを教室まで運んでいたときに、一緒に運んでくれた。

 いつの日からか私は穣くんのことをちょっといいなと思い始めていて、そんなときに穣くんから告白されて付き合うことになったのだ。


 付き合って最初の一ヶ月は本当に楽しかった。日をおうごとに穣くんのことを好きになっていく実感があった。

 何回か一緒にデートに行ったりもしたし、穣くんの部活がない日は一緒に帰ったりもした。


 でも……うん。

 これは思い出だ。少なくともここ数ヵ月は辛いことばかりだったし。

 今の私が好きなのは玲くんだ。穣くんではない。もう彼に私の気持ちが向くことはない。


◇◆◇


 チャイムが鳴る。

 昼休みが残り十分であることを報せる予鈴だ。


「やばっ! あたしまだお昼食べれてない!」

「急げ急げ、まだ間に合う」


 檸檬ちゃんがお弁当を掻き込むように食べるのを笑いながら煽る美海ちゃん。

 その様子に私も思わず笑みがこぼれる。

 私も残り少しのおかずを食べ終え、一生懸命にご飯を掻き込む檸檬ちゃんを眺める。


 そして数分経って。


「よし、食べ終わった! ごちそうさま!!」

「じゃ、教室戻ろ。遅刻しちゃう」


 やや駆け足ぎみに準備室から抜け出し、教室へと向かう。


「次の授業なんだっけー??」

「数学ー!」

「やだぁー!!」


 教室の前までたどり着き、廊下のロッカーに置き勉している教科書を取り出し、授業開始一分前にギリギリ席についた。

 スマホを取り出し、玲くんとのトーク画面を開く。

 ちょっと上には玲くんから送られてきた私とおんなじスタンプ。このスタンプを見るたびに思わず顔が緩みそうになる。


 ……っと、だめだめ。今は時間がないんだから。

 今日決めたこと、玲くんにも報告をしとかないと。


『今日の放課後に穣くんと別れることにした』


 そう送信するのと同時に授業開始のチャイムが鳴る。

 スマホをしまい、私は妙な緊張感を抱きつつも、始まった授業に耳を傾けた。


◆◇◆


 そして放課後。


「じゃ、私たちは準備室の方にいるから。ヤバそうだったら声を出すこと」

「それともやっぱりここにいよーか?」

「ううん、大丈夫。みんながいると変に威圧してる感じになっちゃうかもしれないから」


 これはあの後決めたことだ。

 三人は準備室の方に控えてもらって、私が助けを呼んだり、ヤバそうな雰囲気を感じたらいつでも助けに来られるようにする。

 でも基本的には、私と穣くんの二人で決着をつける。


「じゃあ、がんばって」

「がんばって、菜乃花!」

「まあ、がんばってちょうだい」

「うん。ありがと、みんな」


 三人が旧視聴覚室から出ていき、隣の準備室へと向かっていく。

 私はスマホを開いて、先ほど届いた玲くんからの返信を見る。


『なにかあったらすぐ連絡して』『どこでもすぐ駆けつけるから』


「ありがと、玲くん」


 私は小さくそう呟き、スマホを閉じた。

 部屋の外の足音に耳を傾ける。

 スリッパのパタパタという足音がどんどんと近づいていき、やがて部屋の前で止まった。

 そして扉が開き、穣くんが姿を現す。


「来てくれてありがとう、み……


 そんな鷺沼くんに対して、私は小さく微笑みながら、そう言いはなった。

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