第3話 言わなくてもいいことは、だいたい最後まで言わないほうがいい

 その夜。

 街の冒険者協会から連絡が届いた。



「北の魔物の討伐要請??」


 カイルが大声をあげた。慌ててフラウとティダがカイルの口を塞いだ。


「なんだって、俺たち銅章にこんな……」


「いつも以上に魔物が増えているらしいよ。他の冒険者にも要請を出してるみたいだけど、ボクたちはたまたま北の森に近いって知ってるからじゃないかな」


「……じゃあ、さっきアルナさんが『まだ終わってない』って言ったのは、これのことかよ?」


 カイルがアルナのほうへ向いた。

 アルナは首を横に振った。さすがに冒険者協会から直々に要請が来るとまでは思ってなかったからだ。


「北の森に魔物が増えているというのは、なんとなく予想してました」


「……どういうことだよ?」


「今季は芋虫が集落を襲う被害が多いですよね。それに実際、今朝の芋虫の数は予想より多かったです。あれはきっと、北の森に別の魔物が増えたからだと思います」


「別の魔物が増えて……芋虫が森を追われたってことか」


「たぶん、そうです」


「じゃあ、アルナさんが言いたいのはこういうことか? 俺たちの芋虫退治の依頼は達成したけど、北の魔物の数を減らさなきゃ芋虫はまだまだ森を追われるし、明日も芋虫が集落を襲うだろうってことか」


 カイルが顔をしかめて言う。アルナは頷いた。


 冒険者として生きるだけなら、今すぐ街へ戻ったとしても誰かに咎められることはない。芋虫退治の依頼は達成しているからだ。北の森の魔物要請も、本来銅章冒険者が請ける必要はない。フラウが無理と判断すれば、協会が銅章のフラウたちを咎めることはできないだろう。


 しかし集落のことを第一に思うのなら、話は別だった。このままフラウたちが終わりにすれば、集落の平和がたった一日増えただけになる。本当の意味で集落を助けるには、フラウたちも北の森の魔物討伐を手伝う他なかった。



 その日の夜は、アルナが客室の料金を払った。四人で泊まれるよう、少し広めの客室をひとつ選んだ。フラウが反対したが、アルナは断った。「ひとりだけ別の部屋だと、仲間じゃない気持ちになりますからね」と言うと、フラウがしぶしぶ了承した。




 ◇ ◇ ◇




 翌日。

 朝早くから北の森を目指すこととなった。

 道中、フラウが苦い顔をしていた。よほど同室が嫌だったのかと、アルナは思った。


「……いや、そうじゃないよ」


 フラウが顔をしかめて言った。


「ボクたちは、銅章だ。正直、芋虫を森から追い立てる魔物なんかを相手にするなんて実力はない」


「そんなことは」


「そんなことあるよ。だからアルナさんには申し訳ないんだ。北の森へ行けば必ず、アルナさんの負担が大きくなる。ボクたちが銅章のせいでね」


 そう言ったフラウが、北の森を見た。目を細め、なにかを羨むようだった。

 アルナは首を傾げたが、その後すぐ、フラウがなにを思っていたのか察した。


「ねえ、アルナさん。今からでも遅くない。ファザロのパーティへ行っ……む、ぐ!?」


 フラウの言葉を、アルナは遮った。両手でフラウの口を押さえ、ぐっと顔を寄せる。

 唐突に近付いてきたアルナに、フラウが焦った。アルナの手を振りほどこうとした。しかし剣士の腕で、アルナのか細い腕を掴むことを躊躇ったようだった。それを見越し、アルナはさらにフラウへ顔を寄せた。


「それ以上言ったら許しませんからね」


「むぐ、ぐ……だ、だけど」


「許しませんからね?」


「……は、はい」


 アルナの圧に、フラウが口を閉ざした。



 北の森に着くまで、何度か芋虫の群れに遭遇した。回避することは容易かったが、フラウはあえて撃ち倒すことを選んだ。フラウたちにとって北の森の魔物は次いででしかないからだ。むしろ芋虫を見つけ次第、悉く撃ち倒していった。


 芋虫退治が増えたために、フラウたちの怪我も増えた。

 北の森に着くころには、昨日同様フラウたちはボロボロになっていた。


「森に入る前に、治癒します」


「め、面目ない」


「私はこのために居るのですよ。なにも気にする必要はありませんから」


 そう言ってアルナは、治癒の神聖霊サニテムと解毒のデトクションを呼びだした。デトクションについては、四人全員に施した。後方支援のアルナとティダも芋虫の体液を多少浴びてしまったためだ。もちろんそれは建前で、本音を言えばアルナ自身が自らを清めたくてデトクションを使った。おかげで森に入る前に、アルナは一息つくことができた。



「だいぶ、騒々しいね」


 森に入る前。ティダが顔をしかめた。

 森の奥からは、異様な気配が流れだしていた。それは魔物の気配であったり、魔物と戦う冒険者の戦気であったり、およそこれまで感じたことのない凍えるような圧であった。四人はその場で、小さく身震いした。


「……ファザロも、この奥にいるんだよな」


 カイルが息を飲みながら言った。フラウとティダが、眉根を寄せて頷いた。



 最大限警戒し、森に足を踏み入れていく。

 陽の光が枝葉に遮られ、吸う空気が重くなっていく。


「そろそろ襲ってきそうです」


 アルナは杖を構えた。

 フラウとカイルが肩を震わせ、剣を構えた。遅れてティダが、杖を構え、唇を震わせた。


「できるだけ皆さん、離れないでください。支援と治癒をしつづけますから、なにが起こっても慌てないで」


「もちろん。でも、危なくなったら逃げるよ?」


「ええ。命が一番大事ですからね」


「ティダ。精霊術は最小限で頼むよ。森が燃えたら、ボクらが逃げられなくなるからね」


「分かってるって」


「よおし。じゃあ皆、ア・ランブアのご加護を」


 フラウが剣を掲げた。その剣身に、カイルの剣と、アルナとティダの杖が重なった。

 にかりと笑ったフラウ。前方から襲いかかってきた魔物に剣を振った。つづいて左右から三匹の魔物が飛び込んできた。右側をカイルの剣が防いだ。左側はアルナが受け持ち、神聖霊を呼びだした。


「≪土爪の精霊(ムルス)、その地に業を示せ(オステン・オプト・タラム)≫」


 アルナの透き通った声。大地へ浸み込んだ。すると地面が盛り上がり、アルナの目の前に巨大な壁が作りあげられた。できあがった壁は魔物の攻撃を防ぐだけでなく、襲いかかってきた魔物の身体を飲み込んだ。


 そうして魔物を撃ち払っているうち、アルナたちの周囲にはいくつもの壁が生まれ、次第に小さな要塞が築かれていった。襲いかかってくる魔物たちは、いくつもの壁と壁の間を縫うようにして進まなければアルナたちのところへ辿り着けなくなった。それを利用して、ティダが炎の精霊術を駆使した。壁の間を縫って進む魔物に火トカゲを放ち、焼き焦がしていった。


「こんなにメチャクチャ壁があるのにさ。なんでか、壁の向こうの魔物がどこにいるか分かるんだよ。なあ、これ、どういうこと!?」


 カイルが息を切らしながら首を傾げ、また一匹、魔物を撃ち倒した。カイルだけでなく、フラウとティダも同様に、壁の間を縫って進んでくる魔物を一匹ずつ確実に仕留めつづけていた。


「スプリメントムがおふたりの感覚を鋭くしてくれているのです」


「はは! マジかよ! だからこんなに壁ばかりで視界が悪いのに、こっちがいつも先手を取れるってわけか」


「もし皆さんが魔物の位置を見失っても、私が常に把握しつづけますから安心してください」


「マジかよ、万能かよ」


「必死なだけです。それに、私もスプリメントムの力を受けていますから」


 アルナは小さく笑い、「次は右側から魔物が来ます」と、三人に伝えた。

 しかし、アルナの答えた言葉は、半分嘘であった。実のところ、魔物の位置をすべて把握しているのは、アルナにしか見えない神聖霊の白い狼であった。狼が最も高い壁の上に立ち、すべての魔物に目を光らせていた。


『次は前方から三匹来るぞ』


「フラウさん、前方から三匹来ます」


「了解!」


『次は後ろだ。五匹ほど。足の遅い魔物だ』


「ティダさん、後ろから五匹です。足が遅い魔物なので焦らないで」


「任せてください!」


『右から一匹、足の早いやつが来ておる。左からも来ているが、こっちは壁の迷路で迷っておるな。まだ時間に余裕がある』


「カイルさん、右から来ている一匹を倒したら、すぐに左へ行ってください」


「俺だけ担当が多くない??」


「頼りにしてます」


「そんじゃあ、やるしかねえな!」


 カイルが剣をくるりと回し、右へ駆けて行く。アルナはカイルの背に頭を下げてから、周囲の作りあげた壁のうち、壊れた壁をムルスで直していった。その合間に、三人の治癒もした。

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