睨めっ娘

イザナミ

プロローグ

2048.9/22

脊髄損傷の治療薬の開発が始まってから13年、ようやく新薬の開発が完了し、一般人の使用が認められたというニュースが流れてきた。当初はこの薬の恩恵を受けることになるなど私には想像もつかなかったことだろう。

やっと、これで足が動かせる。

凛々蝶は安堵しながら少し名残惜しさを覚えた。

ふと、引き出しの日記のコトを思い出し手に取る。

彼女の名前が私の頭の中で溢れ出した。

忘れられない人。忘れてはいけない人。

ふと室内の窓際へ視線を移す。病室の窓際には脚の長い机が置いてあり、その上に丸い花瓶に入ったチューベローズが飾られていた。


       花言葉『危ない戯れ』

「香菜…」

彼女の名前が口から漏れる。

しばらく花を見つめていると、背後から声が聞こえてきた。

「リリー、何?その手に持ってるノート」

がんの治療が終わり活動許可が降りたようだ。隣の病室で療養を続けていた裕太郎がいつの間にか私のベッドのそばに来ていた。

相変わらず近づいてきても全くもって気がつかない。しかし人と話すときの声が一際小さいのでいきなり話しかけられても周りの人に驚かれずに済んでいる。

「日記だよ、日記。ほら、こないだ見せたやつ。覚えてない?」

「ああ、あの日記だったのか。リリー、日記の中でだけすっげぇ気持ち悪いもんなあ」

「何言うてんねん阿呆。私にとっちゃ

あの人はもう一つの『命』みたいなものだから。」

「何言うてんねん馬鹿ぁ。同性愛とか理解不能なんですが。」

彼はわけがわからないといった表情で私を見つめた。

「ま、あんたも私くらいの年頃になったらわかるよ。そんなことより、外出許可が出たとはいえ、まだ自由に暴れまわって良いわけじゃないんでしょ?さっさと自分の部屋戻らないとまた説教食らうよ。」

「別に暴れまわってるわけじゃねぇし〜。…でもバレたら色々面倒臭いから帰るか」

そう言って彼は自分の病室へ渋々帰っていった。

私は彼の背中を見送ると、手元の日記に視線を移す。

最近は少しずつ日記を読む頻度が長くなっている気がする。一ヶ月間に日記を手に取る回数も極端に減った。私は香菜を忘れようとしている…?

何故か私の中から少しずつ香菜が、大切なたった一人の親友が消えていくのを感じた。

香菜は、私のことをどう思っていたんだろう。

日記を取り出した引き出しに視線を向ける。開け放たれたままのその引き出しには、奥の方にもう一冊、ノートが入っていた。

         [香菜の日記]

あれを見つけたお盆の夜、私はとても不安になった。胸騒ぎがした。なにか重大な物から目を背け続けていたような気分になった。だから、あえて今まで手を触れなかった。

でも見なきゃいけない。香菜が残したメッセージを、

「見なきゃ……」

一度心を落ち着かせようと、私は二つ横に並んだ日記のうち自分の日記を手に取り、初めのページをゆっくりとめくった。

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