自己愛美容整形外科医

池田亜出来

自己愛美容整形外科医

『都内で反乱集会 8人を逮捕 義務整形反対派か』


 第1面に大きく書かれたその見出しにどうしても目が行く。


 新聞がすべてデジタルになってからもう数年立つのに、毎日違和感を覚える。


 朝は怖いとわかり始めたのはいつからだったろうか。


 得体のしれない何かが眠気を奪ってしまい、僕らを起き上がらざるを得なくするからだ。


 朝の鳥の鳴き声は今日の誰かの不幸を憐れんでいて、僕の口の粘っこさを洗い流してしまうと自分を守るものを失ったように思う。


 自炊する気力も能力もないので、昨日コンビニで買ったパンを口に持っていきながら記事に目を通す。


 朝は必ず卵蒸しパンを食べる。


 現実味のある素朴な味が、今日という一日に向かう準備を手伝ってくれる。


 どうやら、義務整形法に反対する義務整形反対派の集会に警察が突入したところ、警察側の情報も漏れていたらしく、幹部たちにはうまく逃げられてしまったようだ。


 法案成立当初、大きくニュースになっていたがここ数年は見かけなかった印象がある。


 すでに崩壊したと報道されていたし、一体どうしたのだろう。


 新団体?残党?


 法案に反対する人は少なかったため当時から怪奇な目で見られていた。


 この世界はもう法案によって作り上げられている、完璧に、多分。


 今になってなぜ…などと考える時間など無い。


 時計は8時を回ろうとしていた。






「おはようございます」


「先生、おはようございます」


 繁華街から少し離れた都内の小さなビルの5階に病院はある。


 こんなに落ち着いた雰囲気の中に人の価値を左右する場所があると思うとなんだか笑えてくる。


「今日は問診が2件、施術が2件あります。よろしくお願いします」


 普通のクリニックでは当日手術がスタンダードだが患者さんによく考えて納得のいく施術を受けてほしいという考えのもと、うちの病院では当日施術はしていない。


 それでも予約が取れないほどの人気クリニックになったのは、圧倒的な施術のうまさと斬新な経営だろう。


 自分で言うと価値が下がるだろうが、人生で自慢できることはこれくらいしか無いのだ。


 白衣を着て診察室に入り、準備をする。


 看護師は待ちくたびれた様子だった。


「前園さん、どうぞ」


 重たい足音と共に、緊張した顔で入ってきた。


「前園香織さんおはようございます。お久しぶりです」


「あ…お…おはようございます」


「どうされました?術後なにか問題があったんでしょうか?」


「いえ、そういうわけでは無いんですけど…」


 バツ悪そうに彼女が答える。


 彼女らしくない違和感と歯切れの悪さへの苛立ちを覚えた。


「では、今日はどういったご要件で。」


「あの…ちょっと…言いにくいんですけど…元の顔に‥戻してほしいんです。」




 高校生の頃、様々なニュース番組、ワイドショーでひっきりなしに報道された義務整形法案。


 当時の与党が若い世代からの支持率を得るために発案したのがきっかけだった。


 インターネットが急速に発達し、様々プラットフォームが作られた時代になり、人と人との良くも悪くもある浅いつながりが増え、他人からの見え方に対する関心が若者の間で高まった。


 容姿もその1つだ。


 顔の整った子に対してでさえも「顔可愛くない」「ブス」などの心のないことばがたくさん書き込まれている。


 そしてそれを目にしてしまうと自分の顔に劣りを感じてしまい、これが顔面コンプレックスになる。


 加えて、「男もメイクするべきだ」「女は全員脱毛したほうがいい」といった投稿によって、こうでなければならないという像がつくりあげられた。


 昔なら、整形はお金がかかり、する人も少なかったため諦めて終わっていただろう。


 しかし今は、技術が進化し、日本もそうだが特に外国で整形が安く短時間で受けられている。


 そのため海外に行く日本人が多く、日本の整形業界は遅れをとってしまった。


 また他国のアイドルも若者の整形欲をかきたてる要因の1つとなっている。


 他国のアイドルは整形が当たり前なのでアイドル自体のレベルが高く、若者に人気になった。


 アイドル産業でも海外にまけてしまっていたのだ。


 整形を義務化することによって、整形を望むけどそれを実現できていない多くの若者からの支持を得られる。


 これにより日本での整形が促進され業界が発展し、日本で整形する外国人を増やすことができ、経済がまわる。


 また、かっこいい・かわいいというブランディングで海外にアピールでき、旅行者、日本にお金を使う人が増える。


 これらのメリットをもつ一石三鳥の法案は、こうしたおとなの事情によって作られたのだった。







「え…」


 予想もしてなかった要望に言葉が出てこなかった。


 驚きを隠しきれず後ろを振り返ったが看護師の姿は無い。


 何しろ彼女はとてつもない大金を払いフル整形していたのだ。


「あ、あの、いや、ご、ごめんなさい、変なこと言って…忘れたください、すいません…」


 彼女もおかしな要望だという自覚は合ったのだろう。


 だからこそ一度来たことがある、そして評判の良いウチに来た。


 気まずい空気を取り払うため、なんとか会話を続けた。


「最後にお会いしたのはちょうど1年前くらいでしたね。あれからどうでしたか?」


「あのときはありがとうございました。お陰で、とても優遇された良い生活を送っていました。」


 ますますわからなくなってしまった。


 あそこまで頑張って施術した人は彼女くらいだったため生活にはなんの支障もなく、むしろ整形費用のもとを取る必要があるはずだ。


 そう、義務整形法には大事な点があと1つある。


 すべての人間の容姿が点数化され、その点数によって地位が変わるのだ。


 たとえ法律といえど整形を無理強いすることはできず、義務整形法を発行しても整形したくない人はしない。


 それだと政府が望む状況は作られない。


 これを解決するために、容姿指数第一政策が行われたのだ。


 点数が高いと混雑の列を並ばなくて済むというような小さなことから、税金が減るというような大きなことまで優遇される。


 点数が低いとカフェで眺めの良い席には座らせてもらえないし、税金も多く払わなければならない。


 誰がどう考えても無茶苦茶な政策だが、それがまかり通ったのには理由があった。


 それは容姿を点数化するシステム、Looks Score System、通称LSSを開発した端 麗奈だ。


 LSSとは、AIの急速な進歩によって完成し、その名の通り、人の外見を、目、鼻、口元、パーツの配置、肌によって、いわば英数国理社のように、点数化するシステムだ。


 そしてそれだけでなく、個人個人に合った、外見を良くするためのhow toや必要な金額までも提示してくれるなかなかのもの。


 そんな彼女は、法律の施行、政策の発表に伴う緊急記者会見でこう言った。


「ルッキズムという言葉を聞いたことがあると思います。外見至上主義などと訳されるもので、顔が良くなければ中身を知る気になれないとか、芸能人の顔を見ただけであの人はああいう性格だろうと決めつけるとかああいうものです。誰しも経験があると思います。したりされたり。ルッキズムは誰しもの意識・価値観の根底にあるものなのです。」


 受け入れたくない、信じたくない、聞きたくない、自分は違う、そんなんじゃない。


「そして、SNSの普及によって、主に若い世代で、自他ともの外見への興味関心が増えたことによって、ルッキズムが助長され、社会問題になりました。しかし、先程述べたように、ルッキズムは誰しもの意識・価値観の根底にあるものなのです。社会がルッキズムを悪とすることはそれを必ず持つ人間を生きにくくします。社会に合ったルッキズムを築いていくことが必要なのです。」


 ずしりと重い言葉が頭の上に乗り、無理やり首を縦に振らされたまま上げさせてもらえない。


 彼女の言葉を跳ね返す力を持つ言葉を吐くことはできなかった。


「その新しいルッキズムを形成するのが私が開発したLSSなのです。みんながかっこよく、可愛くなればかっこよくない、可愛くないという概念は生まれません。みんなが整形していれば整形は悪いことだ、という考えも無くなるのです。こうした、旧ルッキズムを無くし、新たなルッキズムを作るのです。それは整形という努力を点数化し努力を第一とするということです。」


 端 麗奈の言葉には違和感を違和感たらしめず、小さな納得を大きな確信に変えさせる力がある。


 人間のほんとうの人間の部分を鮮やかに突いている。


 職業柄顔をパーツで捉えてしまい、女性に疎い自分でもその姿はとても綺麗で惚れ惚れするほどだった。


 この会見でみなが心を縛られた事によって法案、政策がほとんどの反発も受けず、今の世の中を作ることになったのだ。





「では一体どうされたんです?」


「私が顔面コンプレックスを持ってるって話…」


「ええ、それなら、確か前の問診のときに伺った覚えがあります」


「それは、学生時代に言われた言葉が原因なんです。」


 聞かせたいけど話したくない、出せない膿をじっくりゆっくり押し出す彼女の姿もまた美しい。


 その膿は、本当は、何かから彼女を守るものなのではないか。


「高2の夏、ずっと好きだった人と夏祭りに行けることになりました。明るくてみんなに優しくて、所謂陽キャって感じの人で。対して私は友達もそこまで多くなく、別にぱっとはしないタイプ。見合うようになりたい。高校生ながらにそう思いました。

 部屋の小さな鏡の前で慣れないメイクを練習し、その難しさに打ちひしがれ、普段なら高くて行かないような美容院に行き、次の日からはヘアセット解説動画を見て何回も実践しました。そこまでした当日の私は誰よりも可愛かった。絶対に誰がなんと言おうと」


「楽しい時間はすぐ終わり、家に帰って浮かれていると彼から連絡が来たんです。写真付きで。『香織って〇〇と仲悪いの??』って。写真を見ると彼とその子のやり取りでした。彼女から私への容姿ディスのオンパレード。彼は優しいので軽く流していましたがその優しささえうざったく感じました。今の私はこの日にできたのです」


 当時の彼女の気持ちは十分察することができた。


 その友達への怒り、彼のなんの価値もない優しさとわざわざ自分に伝えてきたことへのうざったいと思う気持ち。


 だがやはり一番は努力しても変われなかった、誰からも認めてもらえなかった自分への不甲斐なさや悲しさだろう。


 現に今でも、認め・慰めなんでもいいから自分を肯定してくれる言葉を求めている。


 わざわざこんな話を自分にしているのもそうだ。


「それはとても辛かったですよね、前園さんほどではないですが似たような経験があるのでわかります」


 これくらいで長い話だと思うなら医者は向いていないと自分に言い聞かせながら寄り添う言葉をかけた。


「そのような経験があったからこそ、義務整形法・容姿指数第一政策で整形なさったんですよね」


「はい、そうなんです。結果ではなく過程を大事にしてくれるので」


「ダウンタイムが終わり、初めて鏡で自分の顔を見たときはとても嬉しくこれで変われると思いました。生活も変わり、周りから褒められることも増え、味わったことのない気持ちで毎日を過ごせました。けど、私、この顔が私の顔だと受け入れられないんです。せっかくお金を出して変えた顔を自分自身が自分じゃないと突き放しています。そして前の顔が言い張っています。20年以上毎日見ていた顔がやはり私自身の顔なんだと。もう押さえつけるのは限界です」


 頂いた大金に見合うように施術計画は念入りに練り、施術の日は彼女のために丸一日使った。


 彼女はいわば僕の最高傑作だ。


 そんな彼女が時代に逆らう理由で元の顔に戻りたいという。


 医者としての答えはとっくに出ている。


 だが施術の依頼を受ける前にどうしても知りたかった。


 僕らは法案を完全なものだと思って受け入れたはずだ。


 みなにとって良い、自分を変える努力をすべて肯定化してくれる社会を作れると思って受け入れた。


 そのはずが今、法案に疑問を呈し、行動に起こそうとしている人がいる。


 その1人が今自分の眼の前にいる彼女だ。


 彼女ような人はこれから増えていくかもしれない。


 その前に


 結局僕たちはどうなりたかったのか、どういう社会を作りたかったのかどう扱われたかったのか


 人の価値とは何なのか


 旧ルッキズムに負けた1人として答えを出さなくてはならない。






「では、見当がつき次第、ご連絡差し上げます」


 未だ前例がないためわからないことが多い、もう一度考える時間を作るのも良い、などと評判の落ちない程度に丸め込んだ。


 腑に落ちない顔の女性を見送り、休憩しようと部屋に戻る。


 これからどうしよう。


 ああ言った手前早めに答えを見つけなければならない。


 そんな事を考えていた矢先、電話がなった。


「僕が出ます」


「お電話ありがとうございま」


「前園です。度々すみません」


「あ、前園さん、忘れ物ですか?」


「いえ、あと一つ言いたいことがあって。話そうか迷ったんですけど、やっぱり話しておかないと、と思って」


「先生、今朝のニュース、ご覧になられました?」


「ニュース番組はあまり見ないもので…」


 なんのことかわからず、思い返してみる。


「あ」


「そうです。昨日、私達の集会が警察に突入されました」


「私達、というと、前園さんも…」


「はい、そうなんです。先生に施術していただいて、数ヶ月立った頃、先程話したことを感じ始めました。当初の私はこの感覚・感情がおかしいのではないかと気が滅入っていました。そんな頃、彼に会いました」


「彼は反対派のトップの方でしょうか、名は確か、、石田鷹人」


「助かります。心がおかしくなりそうだった私は仕事帰りにお酒を飲むことで精神を保っていました」


「彼とは行きつけの居酒屋で出会ったんです。私たちはすぐ意気投合し、仲良くなりました。そのうちお互いの悩みを話すようになり、私達は同じ悩みを持つ人間だとわかりました」


「じゃ、じゃあ、前園さんも反対派の幹部…でも、反対派はもう崩壊したと聞いた気がします」


「そうなんです。義務整形法ができた当初、反対派があった事は知っていたので、名前を貰う形で」


「徐々に反対派の仲間は増えていきました。その人達は、ほぼ全員すでに整形してしまっていて、もとに戻ることを望んでいます」


「その話を私にするということは反対派のもとに戻る手術を請け負ってほしいということですね」


「察しが良くて助かります。ぜひ考えていただきたいんです。鷹人に会いませんか?先生の迷いを解決してくれると思います」


 迷っていることがバレていたなんで流石は社会に歯向かう集団の幹部だ。


「迷い?なんのことかわかりません。が会います。会って話をさせてください」


 彼なら僕の疑問を解決してくれるかもしれない。


 そんな期待を胸に次の問診に向かった。








「ここ、か…」


 指定された待ち合わせ場所は仕事終わりのサラリーマン犇めく繁華街だった。


 こんなところは滅多に来ないので少し緊張している。 


 いや、怖い。


 警察にマークされているグループのトップがこんなところに来るのか、やはり騙されているのではないか。


 あらゆる状況を想定しながら歩いていると足は自然と早くなっていた。


 大学生の頃は綺羅びやかで憧れていた夜の街が今となっては怖いものに変貌を遂げている。


 自分の変化を噛み締めていると、約束の店についた。


 中を覗いてみても、どこもかしこもくたびれたサラリーマンばかりでそれらしき姿はなかった。


 先に入る気にもなれず、店の前で待っていると、チャラい男に声をかけられた。


 キャッチだ。


「お兄さ〜んこんばんわあ〜」


 一番キライなタイプに話しかけられてしまい、一回りほど年下の相手にたじろいでしまった。


「お一人すか?お店決まってます?よかったらウチ、どうすか?笑」


 こういう話にまとまりがないのが嫌いなんだ。


 矢継ぎ早に話しかけ、返事に困ると「あいつおもんない」、懐かしい顔を思い出してしまった。


「お待たせしました、先生」


 聞き馴染みのない声に驚き振り返るとそこにはとても若く顔の整った男がいた。


「先生、お待たせしました、行きましょう」


 戸惑う目を見て彼が言う。


「チッ、んだよほんとに居んのかよ」


 絶好のかもを逃して苛立つキャッチを尻目に彼にお礼をいう。


 若者相手に何もできない私を見兼ねて助けてくれたのだろう。


 漫画でよくある展開だけに少し小っ恥ずかしい。


「助かりました。ありがとうございます。待ち合わせを装って助けてくれるなんて。まあ本当に待ち合わせなんですけど笑」


 といってふと言葉が止まる。


 彼は先生と呼んだ。


 あれ。


「石田鷹人…さん…」


「はじめまして、石田です。ここではなんですし店に入りましょう。予約しています」


 彼との時間でできるだけ答えに近づきたい。


 自分の答えを知りたい。


 夜の街に吸い込まれるのを感じた。




「こんなところにいて、大丈夫なんですか?」


 頼んだ品も全部届き、そろそろ本題に入る。


「まあ、見つかったときはあなたも共犯ですし」


「冗談は置いといて、改めてはじめまして、石田鷹人です。反対派のリーダーをしています。今日はよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」


「なんで、僕なんですか?」


「単刀直入ですね笑香織が、前園香織が言うからです。都内の美容整形外科医の中で信頼できる人に頼もうと思っていました。しかし宛もなく迂闊にお願いすることもできず行き詰まっていました。そこで香織が先生が良いと。彼女は人を見る目があります。それで頼むだけ頼んでみようと」


「前園さんと会ったのは今日で4回目?くらいなんですけど…」


「何が良かったのかわかりませんが、そう思ってもらえることは嬉しいです」


「彼女はなんておっしゃられていたのですか」


「『先生は迷ってる。だから先生が良い』と言っていました。よくわかりませんでしたが」


 なるほど確かに彼女には人を見る目、人の内面を推し量る力がある。


 それもとても正確に。


 いや、当たらずしも遠からずかも。


 きっとそうだ。


 昔からの悪い癖。


「今日、先生の迷いが消えるよう話せたら嬉しいです」


「よろしくお願いします」


「石田さんはどうして義務整形に反対されたんですか」


「鷹人で良いですよ。僕も当初みんなと同じ、義務整形バンザイでした。僕も容姿にコンプレックスを抱えていたので。でもある日思ったんです。顔を変えることでいったい自分のどこの部分が変わったんだろうって」


 彼の口調はだんだん丁寧になり、彼の口から出た言葉はとても重く、僕の耳の深く深く深く深い心に入ってきた。


「ほんとうにただ顔が変わっただけなんです。やっぱり僕は僕。言語化するのが難しいくて、すみません」


「いえ、感覚的なものは言語化しようとしてもできないです。僕もコンプレックスを抱いているのでわかります」


 心と頭はつながっているという話を聞いたことがある。


 古い記憶を蘇らせてしまった。


 普段は絶対に話さないが同じ疑念を抱く男同士話してもいいだろう。


 ほんとうは誰かに聞いてもらって同情してもらってすべてを肯定してもらってすべてを受け入れて欲しかったのかもしれないし。


「少し自分語りをさせてください」


 彼は僕が望んでいた、いや望んでいた以上の顔で頷いた、頷いてくれた。


「僕は高校生の頃に容姿をバカにされたことでコンプレックスを持ちました。別に、自分の顔に自信があったわけじゃありません。ただ、他人から顔を否定されたことがとてつもなく嫌だった。受け入れられるために自分を変えることが正しいことだと考えるようになりました」


「他人に受け入れられなかった自分を自分自身が受け入れられるわけがありません」


 珍しく語気が強くなってしまい、慌ててもとに戻す。


「だから、僕にとって義務整形法はとても最高の法律でした。多分ほとんどの人に取ってもそうであったと思います。だから迷っているんです」


 彼の顔は一定の笑顔を刻んでいるように見えてしまう。


 仕方がないことだ。


 僕らがそうなることを望んだのだから。


「香織が先生を選んだ理由がまた少しわかったような気がします。先生は必ず受け入れようとしてくれる。僕らはもう拒絶されたくない」


「顔が良くなったことで生活はとても優遇されました。でも、それって僕らが昔嫌だった、コンプレックスのきっかけとなったのとおんなじではないでしょうか」


「今のまま整形が続くと、その連鎖は続きます。それは容姿だけに限らなくもなってくると思います。自分を変えなくては自分を受け入れられない人を増やしたくない。体にもお金にも相当の負担がかかります。やって気づくのでは遅いんです」


 一定の顔のまま繰り出されるとてつもない意志と後悔をはらんだ言葉は少し奇妙でまた少し綺麗だった。


「だんだん団体を大きくして法律を、世の中を変えようと思っているんです」


 話し終わりの少しの気まずさと大きな夢を口にした恥ずかしさを隠すように彼はビールを飲み干した。


「世の中を変える…か」


 漠然と口に出すと彼は、今度は違う見たことのない顔で笑った。


「本気ですよ」


 はにかみ顔で笑う。


 また違う顔で。


 目に見える彼の表情が増えるにつれて僕の思考も進んでいく。


 世の中を変える。


 いやまず一人一人が変わらなければならないのではないか。


 そうすれば世の中が変わるのだ。


「世の中じゃない人の認識だ。僕たちが変えなくちゃいけないのは」


「義務整形法は他人に受け入れられず自分を受け入れられなかった人々を変化、努力の面で受け入れた。だからみんな法案を受け入れた。僕らはみんな受け入れられたかったんです。けれどそれと同時に政策が作られた。その政策は僕らをより受け入れてくれるものだった。だから僕らはそれを受け入れた」


「けれど、それと同時に、僕らは拒絶していた。自分たちの考えに合わない人、つまり、整形をしないと選択する人を」


 彼はまた違う表情を見せてくれる。


「これではさっき石田さんがおっしゃっていた負の連鎖に加えて対象の変化した拒絶の連鎖も続いてします」


「だから人の認識を変えるんです。自分だけは自分を受け入れられる存在でなくてはならない」


「今の認識のままだと顔を変えても何も変わらない、変えられない。それに気づいたあなたや彼女のように」


 命の宿る涙まで見せてくれるなんて。


 いや、僕の目に、心に、僕自身に、再び命が戻ったのかもしれない、そう思いたい。


「僕らにできることはみなが自分を受け入れられるように手伝うことだけです。それしかできない。けどそれはできる。自己肯定感、そんな社会学者に形作られた言葉じゃない」


「自分の良いところも悪いところも好きなところも嫌いなところも、自己のすべてを、受け入れられる自己愛を」





「今日はありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」


「先生の迷いを消すどころか、自分を考えを噛み砕いて進化させてくれるなんて笑」


「自分も石田さんのお陰で気づけましたし言葉にできました」


「最後まで鷹人って呼んでくれませんでしたね」


「石田さんも僕のこと先生って呼ぶじゃないですか」


「嫌じゃないでしょう?」


 彼はいじらしい顔でニヤッとする。


 いいね、また新しい表情だ。


「なんか表情豊かになりましたね、気持ちがちゃんと現れている、ような」


「お互い様です」


「え?まあいいや。先生、これからよろしくお願いします」






 鷹人さんと別れたあと、家に帰る気にはなれず、なんとなく病院についてしまった。


 部屋に入ってぼーっとしていると電話がなった。


「急で本当に申し訳ないんですけど、病院を辞めることになったんです。ですので予約は、はい、すいません、失礼します」


 これからは、この世界の闇美容外科医として、自己愛美容整形外科医として。


 窓の外に広がる、作られた世界にめい一杯の笑顔を向けた。


 fin

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