014 姫、見習い冒険者になる001


 アグラハムはゼルフェリア自由都市連合のほぼ中奥に位置し連合の経済の中心都市だ。普通の街であれば人々が起き出す時間は日が昇ってから、日の出前にわざわざ起き出して仕事をする者は少ない。


「う……ん……」


 ユナはベッドの中で目を覚ました。カーテンが薄っすらと明るくなっている。もう少しで夜明けだ。


(そうだ。昨日はアンナとずっとおしゃべりしてたんだった)

 

 ドイルの案で唐突に家族になってから一週間が経過していた。

 実際は「家族ということにする」ということなのだが、それでも信頼できる者がいるということは心強い。

 家族となった日は夜遅くまでみんなでお祝いをした。その次の日には宿の酒場でドイルから常連客たちへの紹介があり、客の皆に盛大に歓迎された。それから毎晩のようにユナ目当てで訪れる客が増え始め、テイルは「ウチの妹に変な虫がつくんじゃないか」と心配するハメになったくらいだ。

 ユナは店主であるガイの隠し子ということになっていた。ガイには野次と口笛と非難が集中したがドイルがそれらを話術で巧みに丸め込んだのだ。お祝いが終わったあとは部屋をあてがわれた。そのまま寝ようとしているところにアンナが乱入し女の子トーク会が始まったのだ。そしてそれがここい習慣の夜の通例となっていた。それは毎夜ドイルが「早く寝なさい」と注意するまで続くほどだった。

 ユナは毎日が楽しかった。

 何もかもが初めてで新鮮だった。

 酒場での仕事、宿屋の仕事、何もかもが初めてで思い出すだけでも胸がドキドキしてしまう。


(頑張らなきゃ)


 今日はテイルが冒険者仲間を紹介してくれるということだった。

 昨晩、テイルに年齢を聞かれて思わず「百十四歳です」と言ってしまったのは御愛嬌だ。

 ヴェルの話ではユナは卵から生まれたという。ユナは生まれてから百年の間を幼竜の状態で過ごした。その間の記憶はあまりなく百年の時を経て唐突に赤子の姿になったというのだ。それから十四年間、ユナはヴェルに育てられた。精霊界と人界の時の流れは異なっており、ユナの過ごした精霊界での百十四年は人界での約三千年に相当する。精霊界での一日がここでの一か月に相当するのだ。

 どんな時間も、無駄にすることはできない。ユナにとっては今この瞬間こそが貴重で大切な時間なのだ。

 ユナは昨晩ドイルから渡された洋服を着る。アンナのお下がりだということだが、大きさは胸元がゆるかった以外はユナにぴったりだった。

 ユナたちの暮らす家は宿屋兼酒場の建物の裏手にあった。アンナとユナの部屋は二階、テイルやドイル、ガイは一階だ。

 ユナが着替えて一階に下りたが人の気配がしない。宿に向かうと厨房ではガイとドイルが厨房で朝食の準備をしていた。


「おはようございます」


 ユナが挨拶するとガイは小さく頷き、ドイルは「よく眠れたかい」と気遣ってくれた。


「はい。とてもよく眠れました」


 ユナの返事にドイルは「それはよかった」と頷く。


「もうすぐ朝食だから、アンナを呼んできておくれ」


「アンナは?」


「酒場の掃除をしているはずだよ」


 ユナは酒場に向かう。アンナが酒場の掃除をしていた。


「おはようアンナ」


「おはようユナ!」


 アンナがユナに抱き着いてくる。

 昨晩は同じくらいの時間に就寝したはずだ。それなのにアンナは朝早くから起きだして宿の手伝いをしている。


(私も頑張らないと!)


「何か手伝えることは?」


「これでテーブルを拭いてくれる?もう少ししたら朝食を食べにお客さんが降りてくるから」


 お客さんとは宿泊客の事だろう。この宿は素泊まりで銅貨三〇枚、夕食と朝食付きで銅貨五〇枚だった。ちなみに銅貨が一〇〇枚で銀貨一枚、銀貨一〇枚で金貨一枚となる。それを考えると牙の買い取り金額、金貨六〇〇枚という金額がいかに大金だったかを思い知らされる。

 昨晩、牙の買い取りの話をしたらテイルが卒倒していた。それだけの金があれば、数年は何もしなくても生活できる。もしくは大通りに立派な新築の店を建てることができるのだ。

 しかし、それは末端価格だ。実際の値段は途方もないものになるだろう。ユナは改めて自分の行動の軽率さを反省した。ガイツに渡した鱗については後悔していない。彼のおかげでこの街にすんなり来ることができたわけだし、道中もいろいろなことを教えてもらった。黒猫亭の事もガイツから聞いた情報だったのだ。今の境遇があるのはガイツのおかげといっても過言ではない。そのガイツは昨晩は宿泊していないということだった。恐らくだが鱗の事情聴取のため冒険者ギルドに引き止められているからだろう。


「さあ、掃除が済んだら朝ごはんよ」


「うん。分かった」


 ■ ■ ■ ■


 みんなで詔勅を済ませた後、今度は宿泊客の朝食の準備をすることになった。昨晩の宿泊客とはすでに面識があったので客も気軽に挨拶をしてくれる。

 宿泊客は短期の客もいれば長期にわたって宿泊する者もいた。冒険者は定住の家を持たない者が多い。中には屋敷を持つクランもあるということだが、そういったクランは郊外に家や屋敷を持つことが多かった。

 朝食の時間が終了するとしばらくは自由な時間となる。自由といっても接客がないだけでドイルは酒や食材の買出しに、ガイは夕食の仕込みを行う。アンナはチェックアウトした客の部屋の掃除、シーツなどの洗濯を行っている。


「じゃあ、アンナを手伝うね」


 シーツをアンナと二人で抱え、裏庭に向かおうとしたその時、酒場の予備らが開きテイルが姿を現した。


「やあ、ユナちゃん」


「テイルさん」


 昨晩は裏の家に泊ったはずだ。しかし、商人見習いのテイルは朝早くから出かけていて挨拶をすることができなかった。


「ユナちゃん、ちょうどいい。紹介したい人がいるんだ」


 テイルの後ろには三人の男女の姿があった。


「紹介しよう。冒険者クラン『蒼月』のメンバーだ」


 テイルが紹介してくれたのは三人の冒険者だった。革鎧を装備しているジェイス・フォックスは職業は剣士、いかにも好青年といった感じだ。次に紹介されたのは弓使いのオーリック・ブラックウッド、装備は軽装で、背中に弓と矢の入った筒を装備していた。ゆったりとしたローブをまとった女性はエリーナ・スターリング、職業は魔法使いということだった。


「エリーナさんは魔法使いなんですか!」


 ユナは瞳をキラキラとさせながらエリーナに詰め寄った。


「ありがとう、ユナちゃん。でも、魔法使いなんて珍しいものじゃないわ」


 エリーナは恥ずかしそうに言った。

 魔法使いは魔法系職種の中で初期のクラスだ。使える魔法のランクが上がるにつれて、魔法使い、魔法師、魔導士と名称が変っていく。最上位の魔導士ともなれば各国に数名程度という程に少ない。


「何言ってんだ。水属性と火属性の魔法を扱えるだけで将来有望じゃないか」


 ジェイスが真面目な顔で言った。その隣でオーリックもうんうんと頷いている。


「三人とも仲良しさんなんですね」


 ユナの言葉にジェイスがにやりと笑い「おい、お前まだ言ってなかったのかよ」とテイルと肩を組む。


「いや、なんというか。タイミングを逃したというか……」


 テイルが言い淀む。


「あのね。私たちはテイルを含めた四人で『蒼月』なのよ」


 エリーナの言葉に「僕は商人なんだけどね」と照れたように言う。


「お前まだそんなこと言ってんのかよ」


 オーリックが不機嫌そうに言う。


「私たちは四人で『蒼月』ってそう決めたでしょ!」


 エリーナも本気で怒っているようだった。

 テイルは自分が商人だということに抵抗を感じているらしかった。


「テイルのおかげで私たちは安くで装備を整えられるし、お金の管理も任せられるのよ」


「まあ、俺たちみたいな小さなクランは計算のできる人間がいるだけで全然違うからな」


 財務管理は大切な職業だ。クラン全体の運営状況からメンバーに対する分け前の分配まで一手に担う。それに商業ギルドを通してお金の管理を行っているので万が一のことがあっても大丈夫だ。


「ところでユナちゃんは冒険者になりたいってことでいいのかな?」


 ジェイスの言葉にユナは頷く。


「ユナちゃんはまだ成人の儀を済ませてないよね?」


 成人の儀とは十五歳に行われる儀式のことだ。十五歳を迎えたものは成人として扱われ、各々自分の道を決めていくことになる。


「成人の儀を済ませていないと冒険者になれないんですか?」


 話によると、そもそも冒険者ギルドが十五歳以上でないと登録できないとのことだった。


「まあ、そうだな。成人前に見習いとして働いたりする奴もいることはいるけどな」


 ユナの質問にジェイスはテイルを見ながら苦笑いする。


「あのねユナちゃん。冒険者の仕事は生半可な覚悟じゃできないのよ」


 エリーナが諭すように言う。


「俺たちも死にそうになったことだって何度もあるんだ。赤狼に襲われそうになったことだってある」


 オーリックが脅すように言った。


「赤狼……」


「だ、大丈夫よ。赤狼が出たって私たちがいればへっちゃらよ」


「そうだな、五匹くらいならどうということはない」


 ユナの沈黙を憶えていると思ってかエリーナとオーリックがフォローする。、オーリックがおちゃらけて見せた。


「そうだな。それならユナちゃんを【冒険者見習い】ってことにして何度か冒険に同行させるとかはどうかな?」


 テイルが提案する。全員がジェイスを見た。


「あの……ダメ、ですか?」


 瞳を潤ませながら迫るユナ。同じようにオーリック、エリーナ、テイルがジェイスを見つめた。


「お、お前たちそれは卑怯だぞ……」


 ジェイスは唸った。


「テイル……最初からそのつもりだったんだろ」


 ジェイスはテイルを睨みつける。


「さて、どうだろうね。それにちょうど君たちにお願いしたい依頼もあるんだよ」


 テイルは笑顔で懐から羊皮紙を取り出す。


「おいおい、用意周到かよ」


 ジェイスがぼやきながら羊皮紙を広げる。


「へぇ、またこの依頼かぁ」


「いいんじゃないか」


 エリーナとオーリックも乗り気だ。


 結局、なし崩し的にユナの冒険者見習いの件は受け入れられたのだった。

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