013 姫、宿を探す002
「えっと、ユナちゃん?」
「はい、なんですか?」
テイルが声をかけるとユナは笑顔で返事する。その笑顔がまぶしくてテイルはめまいがしそうになった。
(これはマズい。マズすぎる!)
テイルは己の発言を悔いた。それほどまでに破壊力が絶大だった。目立たないように髪の色を変えたはずが逆に目立ってしまっている事実。これでは別の意味で狙われてしまう。
(それにしても、銀の髪に黄金の瞳とは……)
テイルは他の方法を考えなければならないと思った。銀の髪に黄金の瞳は人族、亜人を含めても見たことがない。それは竜族独特の色だと誰かから聞いたことがある。
もしこれが、本来の色であると言われれば大変なことだ。銀と黄金はある種の禁色として装飾品にも用いられることはない。
「すごい魔法だね。髪や瞳の色を変えられるんだ」
ドイルが感心したように呻いた。ユナの髪は銀というよりもどこか七色の光を淡く放っているようにも見える。
「はい。ヴェルに教えてもらった魔法です。髪の色を変えることができるんです」
本当は角を隠すために見た目を変える魔法もかけてもらっているのだが、それは黙っていた。話をするとややこしくなるし、それにならば本当の姿を見せて欲しいということになりかねない。
竜神の娘ということは伏せておかねばらない。もしバレたならば問答無用でヴェルによって精霊界に連れ戻される可能性があった。
「じゃあ、今は髪の色を変えているんだね」
アンナは自分も試してみたそうな表情だった。まぁ、出歩いたりしなければ、家の中だけであれば問題ないだろう。
「ううん、違うよ。これが本当の色だよ」
ユナの口から爆弾発言が飛び出す。
「「「…………え?」」」
(いや、僕は何も聞いていない!!何も聞こえなかったぞ!)
空耳だ。きっと室内の雑音がそう聞こえたのだろう。そう思うことにした。
「ピイ!ピイピイ!」
ユナの肩に留まっている小鳥が必死になって鳴いていた。その瞬間、ユナは「あっ!?」と声を上げると慌てて髪と瞳の色を元に戻す。
「ちょっと……それって……!?」
ドイルの声が驚いた声を上げる。
(まずい!)
テイルは慌てる。ここでユナの心証を悪くしてしまえば今後に影響する。
「すごいことじゃないか!こんなきれいな髪見たことないよ!でも、こんな髪で街中を歩いたら悪い奴らに狙われるかもしれないね!」
ドイルが早口で叫ぶように言い、アンナも「それは怖いかも……」と表情を曇らせる。ドイルの表情から彼女がユナの髪のことについて触れてはいけないことが含まれていると気づいた感じだった。こういった時の身内の連携は素早い。
「そうだね。僕はやっぱり今までの髪と瞳の色でいいと思うんだ!!僕は今の方が好きだなぁ!」
力説した。これ以上ないくらいに。
「お兄ちゃん、なんか怖い」
「息子とはいえ、こんな小さな女の子が好きだなんて……さすがに引くわぁ……」
アンナとドイルにドン引きされてしまった。
(ああ、僕は何やっているんだ)
ただ家に帰ってきただけなのに、なんでこんなことになっているんだ。しかも幼女性癖まで疑われてしまうとは……と頭を抱えたくなった。
「まあ、息子の性癖は今後矯正するとして……」
「いや、待って誤解だから!」
「お兄ちゃんこっちに来ないで」
テイルは抗議したが無視された。がっくりと肩を落としていると「冗談だよ」とドイルに笑われる。気がつくとユナもつられて笑っていた。息子を笑いのネタにするとかひどい家族だ。
「それで、話は戻るけど。ユナちゃんはどうするんだい。泊まるつもりでここに来たんだろ」
話はだいぶズレてしまったが、本当は黒猫亭に泊まりに来ただけなのだ。
「私は、冒険者になりたいんです」
ユナははっきりとそれだけを口にした。その瞳からは確固たる意志が感じられる。
「そうかい……よし分かった」
ドイルが意を決したようにバシッと膝を叩く。
「ユナちゃん、あんたは今日から私の娘になりな!」
「はあっ!?」
テイルは素っ頓狂な声を上げ、アンナは「やった、妹ができた!」と歓声をあげる。
「ちょっと待った!母さん、何がどうしてそうなるんだよ!」
思考が追いつかない。何故にそんな結論に達してしまったのか。ドイルはたまにそういったところがあった。何も考えず直感で行動することがあるのだ。しかも、悔しいことにその直感が正しいことが多々あるのだ。
「まあ、落ち着きなよ」
ドイルがどうどうとなだめるが、落ち着けそうになかった。
「ユナちゃんは我が家の娘、アンナの妹にするんだ。そうだね。旦那の隠し子って事にしよう」
さらりと自分の旦那が不貞をはたらいたことになった。
「それで、母親には病気で先立たれてしまって、ユナちゃんは身内を頼って家に来たってことにすればいい」
「……いやいやいや!」
それでどうするというのか。
「ユナちゃんは髪の色を変えられるんだろ。だったらアンナと同じ髪の色にすることもできるんじゃなのかい?」
「あっ……」
黒猫亭にアンナの妹、出自は亭主のガイの隠し子でアンナと同じ髪の色。同じ格好をさせて前髪を垂らせば印象は大きく変わる。
「下手に隠そうとするから探そうとするんだよ。だったら堂々としていれば案外バレないものさ」
ドイルは男前な事を言った。テイルはそんな母親をかっこいいと思った。蚊帳の外でありながら、ただの犠牲者でしかない父親に心の底から同情する。
「あの……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
ユナが不思議そうに聞いてきた。そうだろう。ついさっきまで、ユナとドイルたちは全くの無関係だったのだ。縁も所縁もない自分にここまでしてくれる道理がなかった。
「自分の娘と同い年くらいの女の子が頑張ろうっていうんだ。黙って見過ごすなんてできないよ」
ドイルと書いて「漢」と読む。テイルは心の中で母親のことをアニキと呼ぶことにした。
「ドイルさん……」
「ユナは今日から私たちの家族だ。部屋はアンナと同じ部屋、もちろん宿代なんていらないし、食事はみんなで一緒だよ」
「いえ、せめて宿代だけでも」
ユナは申し訳無さそうに言う。
「いや、ユナちゃん。ここは母さんの言う通りにしてくれないかな」
テイルは困惑しているユナに声をかけた。
「そうだよ。子供からお金を取る親がどこにいるんだい」
ドイルは大真面目な顔でそう言った。
「その代わり、時間があるときにはしっかりと働いてもらうからね」
軽く笑ってウインクするドイルにユナも笑顔で応えた。
「はい、分かりました」
「アンナもお姉ちゃんなんだから色々と教えてあげるんだよ」
「うん。分かった。ユナよろしくね」
「はい。アンナさんもよろしくお願いします」
「ユナ。アンナでいいよ」
思いがけず家族が増えたことにみんな浮足立っていた。先程からドアの陰に隠れてじっとこちらを見つめているこの家の主ガイに一言断りもなくどんどん話が進んでしまっている事など誰も気にとも留めていなかった。
「それじゃあ。新しい家族を祝って店が終わったら乾杯だね!」
「はい。では早速お手伝いしますね!」
「ユナ、お店のこと色々教えてあげるね」
「お願いしますね。お姉ちゃん」
「はい。まかせなさい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます