008 姫、冒険者を目指す001
アグラハムはゼルフェリア自由都市連合のほぼ中央にあった。商業と武器や防具などの生産業が盛んな都市だ。都市の外壁は高く分厚い城壁に守られていてちょっとやそっとの魔物が攻めてきたくらいではびくともしないだろう。
ユナは馬車の荷台の上で「ほへーっ」っと城壁を眺めながら鉄製の門扉をくぐる。街や暮らしなどは本で読んで知っていた。人々の暮らしもルソナ村を見ていたので、それが大きくなったものだとばかり思っていた。
だが、実際は違った。
行きかう人々は活気にあふれ、馬車の量も多い。公道は広く整然と人や馬車が行き交っていた。それに、着ている服も見たことのないような華やかな者があり、男性もおしゃれな服装をしている。
(すごい、こんなに人が住んでいるなんて!)
ユナは瞳をキラキラとさせながら目の前の光景に見入っている。
「お嬢ちゃん、アグラハムは初めてかい?」
ピィ!ピィ!
ユナの肩に留まっていた白い小鳥が鳴く。
「あっ、えーっと……」
ユナは小鳥としばし見つめ合う。小鳥も動かずにユナを見つめていた。ユナは小さく頷くと、
「あっ……はい。初めてです!」
と返事をした。少しタイミングのズレた返答に御者の男は「そ、そうかい」と首を傾げながら返事をした。
栗色の髪にブルーの瞳、ちょっと不思議な雰囲気の少女だと思った。
彼女を乗せたのはアグラハムに向かう道中だった。
普通ならばお金で冒険者の護衛を雇うか、仲間を募り集団で移動するものだ。最近は魔物が少ないからと護衛をケチって出発したことが不幸の始まりだ。
元冒険者だったが怪我がもとで引退したてはいるが、それでも野盗ぐらいなら撃退できる自信がある。仕事の内容は街から街への荷物の配達。荷物が少ない時には人も運ぶ。馬車で片道一日の道のりだ。だが、決して少女が荷物もなしに一人で歩いていいような道ではない。確かに道沿いは冒険者なども利用している野盗などは少ない。しかし、魔物はそんなことお構いなしに襲ってくるし、護衛もなく道を徒歩で進むことは大の大人でも難しかった。
道中の森の中、一匹のゴブリンが馬車の前に現れた。
剣を構え馬車を下りると二匹目のゴブリンが現れた。二匹目を相手しているうちに今度は赤狼が仲間を連れて現れたのだ。ようやく二匹のゴブリンを倒した時には周囲を七匹の赤狼に囲まれていた。
俺の運もここまでかと諦めかけたその時、空から突如として少女が舞い降りてきたのだ。
七匹の赤狼に対するのは栗色の髪の少女ただ一人。背中にはそぐわないほどの大剣を背負っていた。
質素だがしっかりとした鞘に納められた見事な大剣だ。
もし仮に大剣を自在に操れるとしたらこの少女の実力はAランクの冒険者に匹敵するだろう。
しかし、勝敗は結果を見るまでもなく明らかだった。
「まて、お嬢ちゃん!」
男は剣を抜き前に出る。こんなところで突然空から降ってきた(どうやったかは不明だが)少女に守ってもらうわけにいかない。それに、やはりここは死ぬと分かっていても立ち向かわないわけにはいかなかった。
「お嬢ちゃん。せっかく登場してもらって悪いが、俺が食い止めている間に助けを呼んでくれないか」
「ん?」
少女はキョトンとしたように男と赤狼を見比べる。
ピィ!
彼女の肩に留まっていた白い小鳥が一声鳴いた。
少女は小鳥と男を見比べて、「ああ、大丈夫だよおじさん」とにっこりと笑うと鞘から軽々と大剣を抜く。鞘はどういった工夫か、左右に開いて脱着できるようになっていた。
「これくらいできないと立派な冒険者になれないから!」
それからはあっという間だった。少女の剣の立ち筋はどう見ても素人のそれだった。しかし、彼女が剣を振るう度、赤狼は宙を舞い、周囲の木々はその余波でバキバキとなぎ倒されていく。
男は目の前で繰り広げられる光景を口をぽかんと開けたままただただ見つめていた。
(なんじゃこりゃ)
どう見ても動きは素人だが、その力はえげつない。
「おじさん。もう大丈夫だよ」
七匹全ての赤狼を倒し終わっても彼女は息を切らしてすらいない。
「じゃあ、気を付けてね」
「おい、ちょっと待ってくれ!」
そのまま何事もなかったかのように立ち去ろうとする少女に男は慌てて声をかけた。
「お嬢ちゃん。俺はアグラハムの街まで行くけど乗っていくかい?」
命を助けられてそのままというわけにもいかない。それに少女と男の向かう方向はどうやら同じようなのだ。
少女の着ている服は質素に見えるが上等のものだ。野盗の目に留まれば襲われるかもしれない。それに、男は少女を間近でみて驚いた。
彼女は思わず天使かと思わせるような可憐な少女だった。
男に幼女癖などなかったがそれでも目を奪われる程の可憐さだった。下手をすれば連れ去られる危険性もあるのだ。
まぁ、赤狼との戦いを見た後では少女の方よりも襲い掛かる野盗の方を心配するだろうが……そうでなくとも女の子を一人で旅させるなど男の矜持が許さなかった。
少女はしばらく男を見つめていた。ピィ!と肩に留まっている白い小鳥が鳴く。
「えっ、もしかして乗せてくれるんですか?」
まるで、小鳥からのアドバイスで初めて気づいたかのような反応だった。
(もしかしてビーストテイマーなのか?)
魔物や動物を使役するスキルを持っている冒険者がいるということを聞いたことがある。
しかし、それにしては少女は幼く見えた。恐らくは成人の儀を済ませてはいないだろう。男の娘よりも小さいくらいだ。
(娘は元気にしているだろうか……)
少女の姿を見ながら男は故郷に置いてきた妻と娘のことを考えてしまった。娘は生まれながら病気がちであった。今は配達の仕事をしながらその稼ぎのほとんどを故郷で待つ家族に送っている。娘の薬代は驚きほどに高価で完治するまでにはそれこそ小さな屋敷が買えるほどの金額が必要だと言われたくらいだった。
「ああ、こんなところ一人で歩いていたら野盗に襲われちまうぞ」
それに護衛に回せるほどの余裕は今の男にはない。そんな金があるくらいなら仕送りに回したほうがいい。
「うーんと……そうですね。それではお言葉に甘えさせていただきます」
輝くような笑顔。その笑顔に見惚れながら男は少女を馬車に乗せた。
そして、現在に至る。
「冒険者ギルドはこの道をまっすぐ行った先の大きな建物だ。剣の絵が描いてある看板があるからすぐに分かるさ」
「ありがとうおじさん!」
馬車の荷台から飛び降りる。
「あっ、そうだ」
ユナは御者の男の前に立つとその手に小さな何かを握らせた。何事かと自分の手を覗き込む男の目が点になる。
「おい、ちょっと待て!」
少女をこの街まで送ったのは別に金銭が欲しかったわけではない。道すがら退屈ではあったし、小さな女の子が一人で森の中を歩いている姿を見て不憫に思ったことが動機だ。だから礼などいらないし、もしもらうとしても先程のお礼の言葉だけで十分だった。男は震えながら手にした物を見つめる。そんなはずはないと男は自分に言い聞かせた。あの女の子はきっと自分をからかっているのだろう。そうでなければこんな物をたかだか馬車で半日の運賃に支払う者などいない。いるはずがない。
きっと偽物だ。そうに違いない。
そう思いつつも、心のどこかでそれはないと叫んでいる自分がいた。
「……こんな物もらえるわけが無いだろ……」
男が叫んだときにはすでに少女の姿はその場にはなかった。
「おいおい、何だってんだよ!」
男は恐る恐る握っていた手のひら広げてみる。何度見ても間違いない。
「これが本物なら、大変なことだぞ」
男の手のひらには七色に輝く小さな鱗がのっていた。
これは、まごうことなき竜の鱗。もし本物なら、屋敷が買えてしまう程の国宝級の物だ。
(これがもし本物なら……)
男は天を仰ぐ。
(彼女は天が遣わしてくれた天使に違いない!)
これはきっと天が使わせてくれた少女に違いない。
男は鱗を握りしめ涙を流し、しばしその場に立ち尽くしていた。
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