006 襲撃者とヴェル
エルディラン大陸と呼ばれる大陸があった。
世界は竜神ヴァナルガンドによって創造されたと言われており、人族をはじめとした様々な種族が生活していた。その広大な土地と多様な文化で知られていた。中央に位置するアルザリア王国は、その豊かな資源と強力な軍事力で他国から一目置かれる存在だ。王都アルザリオンの壮麗な城では、王であるキングス・レオニダス・アルザは誇り高い男で魔法の騎士団「シルバーナイツ」を率いている。彼らは剣と魔法を操り、王国の平和と繁栄を守るために日夜戦っていた。
東方には、セレシア帝国が広がっていた。帝国の首都セレスタは、天空にそびえる魔法の塔や煌びやかな宮殿が立ち並ぶ壮麗な都市だ。帝国王エンペラー・アウグストゥス・セレスティウスは、その賢明さと強力な魔法で帝国を統治している。
冷涼な北部には、ノルデン共和国が広がっている。この地は民主的な政治体制を持ち、王のプレジデント・エリザベス・ノードが革新的な政策を推進している。ノルデンの人々は、魔法と科学を融合させた技術を日常生活に取り入れていた。特に厳しい冬を乗り切るための魔法暖房システムは極寒で知られるこの地の生活を快適にすることに一役買っていた。
西部の広大な森と草原に広がるオルドリア連邦は、複数の部族やクランが連合して成立した国だ。代表のハイチーフ・ガラド・オルドが率いる評議会は、精霊信仰と自然魔法を重んじ、自然と共生する生活を営んでいる。オルドリアでは、精霊たちとの調和が生活の中心にある。
南東部の険しい山岳地帯には、ドラクス帝国がその威厳を放っている。皇帝エンペラー・ドラコン・ドラクスは竜と人間の混血であるとされていた。帝国はドラゴンライダー隊を率いている。帝国の空飛ぶ竜騎士たちは、敵にとって恐怖の象徴である。
南西部の美しい風景と豊かな文化を誇るルーメリア公国では、国王デューク・フェリックス・ルーメルが統治している。芸術と魔法が融合したこの国では、文化と魔法を愛する人々が集まり、毎年盛大な文化祭が開催されていた。公爵は、その賢明さと寛容さで国を治め、貴族たちと共に国を支えているのだ。
北東部の険しい山岳地帯に位置するミア魔法国、魔法使いが政治を支配している。魔法王アークメイジ・セルフィナ・ヴァルミスが国を治め、魔法学院で多くの弟子を育てる。ミア、魔法の研究と実践が日常の一部、強力な魔法使いたちが名声を高めている。
最後に、中央南部の沿岸部に位置するゼルフェリア自由都市連合がある。交易と商業が盛んな国では、代表のハイコンサル・エドウィン・ゼルフが各自治都市の管理統制を務めている。多くの種族や文化が共存し、国際的な交易の中心地として繁栄しているゼルフェリアは、自由と平等を重んじる都市連合だ。特筆すべきは冒険者ギルドの存在だろう。冒険者ギルドは各国にあるが、その中心となるのがゼルフェリア自由都市連合の冒険者ギルドだった。
「なんたることだ……!」
アルザリア王国の王都アルザリオンの王城。その一室では殺気だった男の声が響き渡った。男の名はザイグ、この国の宰相を務める男だ。
小太りな男で国の政策よりも自身の金勘定が大事という男だった。元々は王宮に出入りしていた一商人にしか過ぎなかった男が宰相という地位に就けたのは訳があった。ザイグは先代からの頃から暗殺ギルドを兼任しており王宮で起こる様々な闇の部分を一手に引き受けていたのだった。暗殺や誘拐、薬物の販売はもちろん、他国へのスパイ活動や王宮内の後継者争いなど……その内容は多岐にわたる。そして、ザイグに第一王子であるアレクサンドロス・レオニダス・アルザから第二王子暗殺の依頼があったは当然と言えば当然のことだった。
「馬鹿な!暗殺に失敗したというのか!」
部下からの報告。
その内容は、第二王子であるレオン・アルベルト・アルザの暗殺が失敗に終わったというものだった。
作戦は簡単で、しかも完璧だった。第二王子とその近衛騎士団の視察の隙をついて、暗殺部隊が襲撃し暗殺を遂行する計画だった。
しかも、この作戦にはもう一つの仕掛けがあった。ザイグは、暗殺部隊の中に自ら雇い入れた別の刺客を密かに潜り込ませていたのだ。暗殺部隊には「魔物寄せの香」をつかい、内部の刺客が暗殺者たちをも消し去る算段だった。
ザイグの狙いは明確だった。第二王子だけでなく、暗殺に加担した者すべてを処分し、後腐れなく完全な沈黙を手に入れること。そのための二重の罠が張り巡らされていたのだ。
「呪術を用いた毒矢を使ったのではなかったのか!」
確実だと言われていた。暗殺部隊には呪術に長けた者もいたはずだ。
「それが……レオン王子も怪我をしたようでしたが回復されているということです」
ギリリッ!
ザイグは報告を聞いて歯ぎしりする。
「騎士隊の方はどうなった?」
せめて全滅してくれれば、レオン派の求心力は大いに失墜することとなるのだが。
「いえ……その……」
部下は脂汗をかきながら言い淀んだ。
「死者は確認できておりません。負傷者を含め正確な数は不明です……レオン王子、隊長のシャルティア以下の騎士団は昨日の未明に帰還しております」
「馬鹿な!」
暗殺部隊まで送り込んでその成果では、第一王子であるアレクサンドロス・レオニダス・アルザに申し開きが立たない。
「送り込んだ暗殺部隊はどうなった?」
男はギロリと部下を睨みつける。「まさかおめおめと逃げ帰ったのではあるまいな」と言外に告げていた。
「それは……不明です……」
「なんだと!不明とはどういうことだ!」
どういうことだと叫びたいのは報告をしている男の方だった。暗殺部隊は報告に逃げ帰ってきた者を除いて皆無。「魔物寄せの香」を使った刺客は魔物の襲撃に巻き込まれたようだったが、暗殺者の逃げ帰ってきた男は仲間がどうなったのかは分からないという。
「お、恐ろしい!闇だ!闇が迫ってきたんだ!」
ガタガタと震えながら暗殺者の男は吐き捨てるように言った。暗殺を生業とする者をここまで震え上がらせるとはいかなる魔物が現れたというのか。
「報告の者は今どうしている?」
唐突にザイグの声が響く。
「……はい?」
意味が分からず聞き返す。
「報告に逃げ帰ってきた男は今どうしているかと聞いているのだ!」
ザイグは男を殴りつけ叫んだ。
「い、今は地下の部屋で休んでいます」
「殺せ」
「なんですと!?」
反感を買うと分かっていながらも聞き返さずにはいられなかった。
「その暗殺者を殺せ!方法は任せる。毒でも何でも使って確実に殺せ!いいな!」
暗殺に失敗するような者など既に不要だ。下手な証拠は残さない方がいい。どうせ始末してしまうつもりだったのだ。今さら躊躇する理由はなかった。
しかし、命令された方はたまったものではない。いかに手負いとはいえ暗殺の専門家を自分が殺せるはずがない。
(だから嫌だったんだ!)
宰相補佐という役職に就いた時、男はやっと自分にも運が回ってきたと狂喜したものだ。しがない平民の出でありながらやっとここまで上りつめた。しかし、ふたを開けてみれば宰相補佐とは名ばかりの小間使い以下の扱い。裏仕事だけでなく時々目を覆いたくなるような仕事までさせられる。
(一体いつになったらこの悪夢から覚めるのだろうか)
こんな真夜中に呼び出され醜い小男の愚痴と裏仕事に付き合わされるのはもうまっぴらだった。
(……逃げ出したい)
この悪夢から、この醜い男から。
「おい、なにをしている!さっさと殺してこい!」
目の前にいる醜い豚が叫んだ。
「……はい」
逃げ出すことは不可能だ。たとえ成功したとしてもこの醜い男が自分を生かしておくはずがない。逃げ出せばあらゆる手段で消しに来るだろう。
「お、おい……!」
ザイグの声が響く。
動かないことにイライラとしているのだろうか。今さらどう思われようとかまわないが、また殴られるのだけは勘弁してほしかった。
「申しわけございません。すぐに向かいます!」
確か毒は書斎の奥に隠していたはずだ。まさかそれを使うなとは言うまい。
そう思って見ると醜い小男は壁を凝視したまま動かない。
脂汗を流し泡を吹きそうな感じで口をパクパクとさせていた。脂汗をにじませ、彼の目は一点を凝視している。壁の奥、何かを見つめるように。だが、その視線は何か異常だった。
ザイグの視線の先を目で追い、男は同じく凍り付いた。
「……お前は、誰だ……いつからそこにいた?」
声が震え、男の口は乾いた。目を見開き、ザイグの睨む先を追った瞬間、胸が凍りついた。そこにいたのは、黒髪黒瞳の女。 彼女は影そのもののように静かに、冷酷に立っていた。
(な、なんだ……こいつは……)
声を出そうとするが、喉が詰まる。空気が肺に入らない。美しい……しかし、その美しさは異質で、冷たい刃のようだった。彼女の瞳が自分を捕らえた瞬間、男は心の底から恐怖が湧き上がるのを感じた。
(この女だ……暗殺者たちを震え上がらせた闇……)
彼女の鋭い視線が刺さるたびに、背筋が凍り、手足が痺れる。動けない。逃げ出せない。脳が警鐘を鳴らしているのに、身体が反応しない。
そして次の瞬間、景色がぐるりと回った。ザイグの首が切り離され、血を噴き出しながら宙に舞い上がる。鮮やかな赤が視界を染めた。
(ざまあみろ!)
男は心の中で喝采した。これで自由になれる。
もうこんな仕事辞めてやる。田舎に引っ越してのんびりするのもいい。少ないながらも財もある。小さな雑貨屋を開くのもいい。もうどうでもいい。ザイグは死んだのだ。このまま逃げ出そう。そして自由になるのだ。
あらゆる束縛から自由に……!
景色が回転する。ぐるぐると回る視界の向こうに首の部分から血を噴水のように吹き上げる自分の体が見えた。男の心は、自由を喜ぶ間もなく、急速に冷えていく。死の影が彼を包み込み、目の前に広がる暗闇に引き込まれていく。全てが音を失い、視界が暗転していく。
(ああ、これで楽になれる……)
最後に思ったその言葉は、もはや安堵とも言えない虚無感だった。恐怖に満ちた彼の心は、永遠に沈み込んでいった。
■ ■ ■ ■
ヴェルは二つの死体を冷ややかな目で一瞥する。
暗殺者と魔物は全て始末した。一人だけ生かしておいたのは黒幕をあぶりだすため。
暗殺者はまんまとここまで逃げてきた。
恐らくこれが全部ではないだろう。
(いっそのこと全員殺してしまおうか?)
この国の王族ごと殺してしまうが、恐らくは血縁が他にもいるはずだ。しばらくは国がざわつくだろうが百年もすれば落ち着くだろう。
「いえ……それは無理ですね」
この城にはあのお方が助けた人族がいる。あのお方の助けた人族を殺してしまってはあのお方の御慈悲を無下にしてしまうこと、あのお方の思いを否定することになってしまう。
それはできない。してはならない。
「人族如きが……姫様に不快な思いをさせるとはなんと罪深いことを……」
ヴェルは二つの死体を侮蔑を込めた目で見る。
それは一瞬のことですぐに興味をなくしたように視線を逸らすと音もなく歩き出した。
「全ては我が姫様のために」
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