12,運命の歯車

 一瞬の静寂の後、僕は勇気を振り絞って信長さんに言った。


「僕や父上が北陸に拘る理由はズバリ、そこにしかない蛍石を手に入れるためです。

そしてそれは、僕の大切な妹、竹姫の労咳を治すことに繋がります」


「労咳だと⁉

治るのか、それは!」


 予想通り、信長さんは目をまんまるにして、悲鳴のような声を上げた。


 そりゃそうだ。


 この時代、結核の有効な治療法なんてあるはずがない。個人的にこういう時代では、天然痘、結核、梅毒は三大不治の病だと思っている。


「まだ薬は開発していませんが、いずれ、必ず治します。

僕は絶対に、大切な家族を亡くしたくありません」


 人間50年、いや、それよりも平均寿命が短そうなこの時代、病気は天運で、神様の気まぐれだと思われていた。


 でも、その神様の気まぐれをひっくり返せる者たちがいる。


「僕は、医師です。

患者さんを救うことが、使命なので」


 それは、医師だ。


 信長さんは、それに対して。


「ハハハッ!」


 陽気に、カラッと笑った。


 別に、嫌な気持ちにはならない。この程度でへこたれて、医師なんてやっていけるものか!


 だが次の瞬間、馬鹿にされると思った僕の予想を、信長さんは大きく越えた。


「ハハハッ、貴様を気に入った!」


 そう満面の笑みで言うと、信長さんは、


「しばし、待て」


と言い残して、一旦、部屋を退室した。


 すぐさま秀吉とーさんが、興奮気味で僕に話しかける。


「於石、よくやった、よくやったぞ!

上様にあそこまで気に入られることは、本当にそうそうない!

しかも、某の紹介があるとはいえ、初対面で!」


「ありがとうございます。

僕もあまりに意外な展開で、とても驚きました」


 もしかして信長さん、暴君とは別ベクトルで、面倒くさい人なんだろうか?ツンデレとか、ツンデレとか。


 ……ヤンデレではない、と思いたい。


 秀吉とーさんと当たり障りな会話をしながら、僕にそんな疑惑が浮かんだ頃、信長さんが帰って来た。


「面を上げよ」


 信長さんにそう言われて、僕たちが顔を上げると、信長は書類らしき紙を持っていた。


 そしてそれを、


「確か……石松丸といったかな。

これをやろう」


僕に渡したのだ。


 恐る恐る受け取って僕が見ると、それは。


「医者……御免状?」


 あの無駄に読みにくい字体で、力強く書かれた書類。


 僕が顔を上げると、信長さんは優しい笑みで言った。


「これは、貴様への紹介状だ。

これを持って行く限り、貴様は織田家と懇意の医者ならば、誰でも会える。

それを存分に使って腕を磨き、労咳を治せ」


 僕が欲しいものは、金でも、権力でも、名誉でもない。ただ、一人の医師として生きられるもの。それが、欲しかった。


「あ、ありがとうございます!」


 僕は喜びを爆発させて、勢いよく信長さんに頭を下げた。


 さっき、信長さんのことをツンデレとかヤンデレとか思ったけど、撤回だ撤回!信長さんは、戦国時代の人とは思えない程の、優しくて、明るい人だった。


 既に僕の心は感動で満ちているが、信長さんはそれにトドメを刺す。


「そういえば明日、曲直瀬まなせ道三どうさん殿の診察を受けようと思って、この近くに呼んでいるのだ。

今ならば、忙しい曲直瀬殿とも会えるだろう」


 マジか、マジか!


 曲直瀬先生は、戦国時代の医師の中でも特に有名で、その業績は本当に語り尽くせない程の人だ!


 戦国時代の医聖三傑のメンバーであることはもちろん、「日本医学中興の祖」とも呼ばれ、戦国時代で有名な人たちは大体、曲直瀬先生の診察を受けたことがあるのだとか。


 「啓迪集けいてきしゅう」、「黄素妙論こうそみょうろん」などなど、たくさんの本を執筆、更には多くの門人を抱え、果てに日本初、民間の医学校を建てたのだとか。


 そんな先生と会えるなんて……。


 感激で胸が溢れさせながら、僕はその場を去った。


「やはり貴様らの家族仲は、本当に羨ましい」


 ただ最後に信長さんの呟いた言葉が、僕の心に妙に残ったのだった。

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羽柴秀勝への転生〜目指せ、四人目の医聖!〜 CELICA @murasaki_akane

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