BlackBerry症候群

よし ひろし

BlackBerry症候群

 ブラックベリー、君はそう呼ばれるものを知っているか。


 バラ科キイチゴ属の低木になる果実のことではない。かつて一世を風靡した携帯情報端末のことだ。iPhoneの発売前から存在したスマートフォンの元祖ともいうべき端末である。iPhoneやAndroid端末の登場で徐々にシェアを奪われ、今や見る影もなく、新機種の発売が途絶えて久しいため、幻のような存在だ。

 その最大の特徴は小型のキーボードが備え付けてあることで、他にはない使い心地に今でもメモ代わりに使用するマニアも多い。


 ここ日本に、そんなマニアの一人がいた。三十過ぎの平凡なサラリーマン男性だ。出世の見込みもなく、結婚の予定もなく、ただ淡々と生きるために日々の仕事をこなしていた男だが、そんな彼の愛用のブラックベリーにある日突然謎のメッセージが届いた。

 ただのメモ帳代わりに使っているだけで、通信機能はないはずなのだが、と男は訝しんだ。その内容を確認して、更に男の眉間に深いしわが寄った。


『特別なゲームへのお誘い。こちらの指示した日時にて、様々なゲームをしていただきます。勝者には報酬をお支払いしますので、ふるっての参加、お願いいたします。今回のゲームは――』


 そこにゲームの執り行われる日時と場所は書かれていたが、どんな内容なのかは説明がなかった。

 男はさすがに怪しすぎるので、無視しようと一旦は決めたのだが、どうしても気になってしまい、その場所に行くだけ行ってみることにした。


 真夜中、住宅街にある小さな公園。男がそこにつくと、すでに数人の男女がその場にいた。互いに警戒しているようで距離を取っている。

 そして、指定された時間が来ると、手にしていたブラックベリーにメッセージが入った。男以外の人間も同じようにブラックベリーを手に、メッセージを読んでいた。


『ゲーム内容のお知らせ。この公園内に、金貨をいくつか隠してあります。それを一時間以内に探し出してください。見つけられた金貨はそのまま報酬として差し上げます。また、一番多く探し出された方には、賞金もお支払いいたしますので、ふるってご参加してください』


 直後に公園内にいた人たちが一斉に動いた。男も半信半疑ながらもゲームに参加する。だが、懐中電灯などの明かりを持っていなかったので、中々見つけられず、結局、見つけられたのは一枚だけだった。草むらをかき分けた時、偶然足元にこぼれ落ちてきたものだった。


 タイムアップと共に終了を知らせるメッセージが届いたが、男は諦めきれずに金貨を探し続けた。だが、空が白んできても、金貨は一枚も見つけることはできなかった。どうやらゲームが終わると共に、隠してある金貨も消え失せたようだ。

 だが、手にした金貨は消えることなく、後日古物商に持っていき鑑定してもらったところ、自分のひと月の給料並みの値が付いた。金貨は本物だった。男は即座に換金し、次のメッセージを待った。


 その後、男はいくつものゲームに参加した。内容は初めの探索するものだけではなく、頭脳戦だったり、体力勝負だったり、対人戦だったり、様々だった。

 男はゲームの度にそれなりの賞金を手にし、いつしか会社を辞めて、この謎のゲームの虜となった。


 そうして一年以上の時が過ぎたころ、男の元にいつもと違う内容のメッセージが届いた。


『××××様、あなたはスペシャルゲームへの参加者に選ばれました。つきましては――』


 その後にはいつも通り場所と日時が書いてある。


「スペシャルゲーム?」

 男はその響きに何か怪しげなものを感じたが、それ以上に大金が稼げるのではないかという思いに捉われ、いつも通りその場所に向かった。


 真夜中の公園。その場所は男が初めにゲームに参加したその場所だった。時間も同じ真夜中。違っていたのは今回は参加者が男一人のみだったこと。


「……」

 男は微かな不安を感じながらも、指定された時間が来るのを待った。

 すぐに時間となり、いつものようにメッセージが届き、ブラックベリーの画面を覗き込む男。刹那、目も眩むような光が男の視野を覆った。


「うわっ!」


 静かな公園に男の悲鳴が短く響く。そして――静寂。


 バタッ!


 細かい砂利が敷き詰められた地面に男は仰向けに倒れこみ、そのままピクとも動かなくなった。その左手にはブラックベリーの端末がしっかりと握られていた。


 翌朝、ジョギング途中の女性によって男は発見され、病院へと緊急搬送された。意識不明ではあったが、命に別条はなく、症状としてはただ眠り続けている、といったものだった。

 それから数か月、男の意識はまだ戻っていない。



 この男と似たような症状の患者が世界中で報告され、その共通点として発見時にブラックベリーの端末を手にしていたことから、BlackBerry症候群ブラックベリーシンドローム、と呼ばれる事となるのはもう少し後のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BlackBerry症候群 よし ひろし @dai_dai_kichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ