声煙
深山周
第1話 戯れ
冬の割に、今日は日が暖かい。
窓の飾り格子から光が優しく差し込む。
二人が遊び用に使っている部屋は、家具の全てが煌陽(コウヨウ)国伝統工芸品だったが、どちらもそんなことには興味を示さない。
「…神宮寺、藍具説」
熟考の末、僕がそう呟くと彼の口の端がにやりと上がった。
「浄武、藍具説」
瞬間、僕は反論する。
「ずるい!まだそこは授業でやってないじゃない!」
「ずるくない!お前も予習していただろう?」
廻茱(エシュ)は得意満面に応えた。
僕と廻茱は数え切れないほど競い合ってきた。今回のような知恵比べだけでなく、授業で出た治水課題の優劣まで競った。六歳で廻茱に出会ってからもう二年が経つ。しかし、未だに二人の間には明確な優劣がつかなかった。
理由は明白だ。僕たちの知能水準が匹敵しているからだ。僕たちはお互い、子供離れした頭脳を持っている。僕は稀代の神童と呼ばれており、10歳くらい年上の課題くらいなら難なく解ける。廻茱は別の理由で怪童と呼ばれていた。彼は人間ではない。人智を超えた穢(ケガレ)と呼ばれる存在だ。まだ六歳ほどの子供だが、人間の形をしていても、人の領分を超えた怪力を振るえるし、知能の発達も早い。子供の中では僕と対等に話せるのは廻茱だけだった。知的好奇心が旺盛で負けず嫌いなところも似ており、僕たちは学びを楽しみ、些細なことでも競い合うことに夢中になっていた。
穢は周囲を不幸にすると言う噂があったせいで周囲の大人には何度も会うのをやめるように勧告されたが、僕は一才耳を貸さなかった。
僕が次の問題を出すのを待つ間、廻茱は勝ち星の代わりに使っていた碁の数を数えたり、いじったりしている。僕はそんな彼をじっと見ていた。
桜色の髪に透き通るような白い頬。興奮すると吊り目がちになる、妖しい黄金の瞳。彼を見ていたら不思議な気持ちになってきた。問題のことなどどうでもよく、僕の胸には、何か真剣な、それでいて繊細で犯され難いものが生まれていった。
「廻茱」
僕の複雑な気持ちとはお構いなしに、廻茱は好奇心旺盛な猫のような瞳をして、人懐こい笑顔で顔を上げる。
「僕が廻茱以外の奴と、遊ぶと思う?」
疑念めいた、決心めいた、束縛に似た気持ちで問う。
「は?なんだ急に」
「いいから答えろよ」
「そりゃそんなこともあるだろ」
至極当然、とばかりに答える廻茱はまだ碁の方に興味があるようだ。
僕は彼に冷えた声をかけた。
「ないよ」
「は?」
彼は怪訝そうな顔で振り返る。
慈しみと決心を込めた瞳で彼を見据え、僕は言い切る。
「僕は廻茱以外とは遊ばない」
廻茱は一気にしかめ面になった。
「お前なぁ」
「なぁに」
「お前はさ、俺と違って人間なんだから…いろんな人間の友達作って遊べば?それがさ、ほら、人間の幅?とかになるんじゃないの?」
廻茱が推す自分の中でも不確定な仮説より、僕の気持ちは固かった。
「僕らの頭脳に匹敵する子供なんていないよ。誰も彼も、相手にならない。こっちがお世話するばかりだもの。でもお前は違う」
廻茱の黄金の瞳はまだ少し怪訝そうだった。
「唯一、僕と一緒に遊べる。対等に遊べるんだ!僕にはお前だけなんだよ、廻茱」
「…………」
「これまでも、これからも、僕の相手はお前だけだ、廻茱」
廻茱は瞳を伏せた。どうしてか、悲しそうな、諦観のような色が窺えた。
そのとき、コンコン、と控えめに扉が叩かれた。
「殿下、時間でございます」
「ご苦労。下がりなさい」
下男を下がらせ、廻茱に向き直る。
「僕、授業行かなきゃ」
「そんな時間か」
そっぽを向く廻茱を促し、外履きを履かせる。俯いたままつまらなそうに、わざと時間をかけて靴に足を添わせる様は彼を一層幼く見せた。
「またね、廻茱」
再戦のことを考えると楽しみで、朗らかに廻茱に挨拶した。
しかし反対に廻茱は別れる時のお決まりの顔だった。薄暗い表情で僕の瞳を穴が開くほどまっすぐ見据えて小さく笑った。
「ああ、またな」
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