新都心嫉妬心
小狸
短編
私が新しく何かを始めるたび――。
父はいつも、こう言っていた。
――
――自分が子どもの頃は、自由にやりたいことなんてできなかった。
教育にほとんど無関心な父ではあったけれど、そこについてだけは厳しい父だったように思う。
無関心を貫くならずっと無関心でいろよと思うけれど、父は父で、思うところがあったのだろう。
嫉妬、に近いものだと思う。
私が始めたこと――例えば趣味で小説を書き始めたら、父も絵を描き始めた。部活でヴァイオリンを始めたら、ギターを再開した。小説で最終選考に残ったら、同じく小説を始めた。
何をやろうにも、追随して追いかけて来るのである。
別に気にしなければこれといってどうということはないのだが、正直、鬱陶しいなとは思う。
嫉妬。
父の父――つまり私の祖父は、相当父に対して抑圧的な教育を行っていたらしい。
家父長制の権化のような男であったらしい。そんな祖父は、私が生まれるずっと前に、肝硬変で亡くなっている。故に祖父の顔も声も教育方針も、父から愚痴を聞くまでは、私は知らなかった。
いや、というか正直、知らねーよという話である。
父がどういう教育を受けてこようと、どういう育てられ方をしようと、今父は、私の父なのである。大人なのである。
そうやっていつまでも子どもじみた羨望や嫉妬みたいなものを、あろうことか子どもの前で見せびらかすというのは、どうなのだろう――成人を控える高校生の私としては、面倒臭いと思ってしまう。
挙句の果てに、私に小説を読ませてくるのだ。
何だよ、それ。
すごーい、とでも言って欲しいのか。
キャバクラで金払ってやれよそういうのは。
私は公募の小説新人賞の他に、ネット上の小説投稿・閲覧サイトで小説を公開しているけれど、父もそこで公開を始めたのだ。
どうせ一ヶ月もせずに飽きるのだろうなと思っていたが、実際その通りになった。
数にして八、九作品。
社会風刺を交えた小説を投稿したと思ったら、それからめっきり投稿しなくなった。
本人はインプットの時期だとか、公募の新人賞に応募するものを書いているとか言っているけれど、所詮言い訳だろう。
思っていたより小説を書くことが難しかったから、それを娘に悟られないようにしているのだ。
その裏には、絶対的に自分が娘より――ひいては女より上位に存在していたい、という思考回路が透けて見える。
結局父も、忌避している祖父と同じく、男性優位の考え方を持っているのだ。
父と母とのやり取りを見ていれば、それくらいは分かる。
私は高校に通いながら、勉強しながら、ゆるめの部活をしながら、空いた時間に小説を書いている。
将来は小説家になることができれば良いと思っているが、そこは狭き門であることは承知の上――なれなかった時のために、教職課程の取れる学部に進学しようと思っている。
最近更新しなくなったね、と聞くと、「仕事が忙しい」だとか「アイディアが湧かない」だとか、言い訳ばかり並べてくる。
面倒臭いな、と思う。
幼い頃の環境というものは、その後の人生を大きく左右する。
父とて、抑圧的な環境で育たなければ、娘の興味趣味にいちいち羨望を抱き追随するような真似はしなかったのだろう。
無論、私達の学費を納めてくれていることには感謝するけれど。
でも、それはそれ、これはこれ、である。
可哀想だとは、思わない。
父はもう、良い歳をした大人である。
それに教育はほとんど母に投げていて、私達子どもとの会話の数もあまり多くない。
土日に家にいて、なんか嫉妬してくるおじさん、くらいの認識である。
そんな父に同情してやるほど、私は優しい人間ではない。
私の人生が、私のものであるように。
私の心も、私のものなのだから。
(「新都心嫉妬心」――了)
新都心嫉妬心 小狸 @segen_gen
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