全てを失った少女は、怠惰で強欲な聖女に忠誠を誓う
早海ヒロ
第1話 プロローグ
「はあ……」
目の前に転がる2つの死体を眺めながらため息を吐く。
主のことを探っていた敵のスパイ。スパイとは言ってもそんなレベルの高いものじゃない。金で雇われた訳アリってところか。
今は帝国と王国の戦争の最中。そういうことしないと食っていけないやつが現れるのは分かる。
「我ながら、やっていることが人道から外れていますね……」
だけど殺した。
命乞いする哀れな男たちをあっさり。
主の命令とはいえ、わたしも随分と野蛮なことが出来るようになったものだ。
死体を確認しながら、わたしは思う。
今のわたしはもう、傍から見れば人の所業じゃないことをまあまあの頻度でやってるんだろうと。
きっとかつてのわたしが今の自分を見たら、驚きと混乱で吐く。
だけど仕方がない。これがあの御方に見初められてしまったわたしの宿命なのだ。
「クロ」
わたしを呼ぶ声がした。
振り向くと、そこにいたのは大切な同僚にして妹分が、いつものぼーっとした顔で人形を抱えて立っている。
「ステア。どうかしたんですか?」
「ん。お嬢が呼んでる」
またかと、わたしはげんなりしたが、命よりも大切な御方が呼んでいるとなれば、行かないわけにはいかない。
いったい、どんな無理難題を吹っ掛けられることやら。
「……仕方ないですね。彼らの身辺調査と埋葬、お願いしていいですか?」
「ん。おけ」
右手でOKマークを作る同僚ーーーステアの頭を撫でてから、わたしはもう1度ため息をついて元来た道を引き返した。
「クロです。失礼致します」
いくつもある天幕の中でも、ひときわ豪華で大きなものの中に、主はいた。
「何か御用ですか、ノア様」
「あら、なにかしらその顔。呼ばれたことが不服?」
「……正直に言えば不服です。どうせ無茶なことを言い出すんだろうなと思っております」
「相変わらずばっさり言うわねえ。酷い言い草だわ、主に向かって」
「ノア様がもっと謙虚堅実な主でしたら、もう少し素直で従順な従者になれたと思いますけどね」
わたしの主人であるノア様は、その後は微笑むだけで言葉をつなげなかった。
「それで、何か御用があったのでは?」
「ああそれね。クロ、あなたちょっとステアと一緒に例の敵別動隊とやらの所まで行って、ちゃちゃっと全滅させてきなさい」
「……報告によれば500人はいるという話でしたが。2人でやれと?」
「ステアは分かったって言ってたわよ?」
「あの子は貴方にひたすら従順なだけでしょうに」
案の定、また人の仕事を増やした。
ノア様に対する永遠の悩みだ。
ひたすらに怠惰。後方でわたしやステア、その他の味方や傭兵に指示を出して、自分は自分のやりたいことをやるだけ。
さっきだって自分の周囲を探っているのが目障りだから敵の斥候を殺してこいと言われて、苦労して追いかけて殺したばかりだと言うのにすぐこれだ。
「大丈夫よ、あなたならできるわ。それともなに、怖いとか?」
「別に怖いとかではなく、思いつきみたいにわたしの仕事を増やさないでくださいって話です。ステアもいるとはいえ、『お茶買ってきて』みたいなノリで500人も殺せって言われるわたしの気持ち考えてください。どれだけの労力だと思っているんですか」
「『可愛くて美しくて心も清らかで頭もいい、我が主人のノア様に尽くせて幸せですニャンニャン』じゃないの?」
「………あなたと出会ってからもう10年経ちますが、あなたの心が清らかだと思った瞬間は出会って間もないころに消え去りましたよ」
「あら、可愛くて美しくて頭がいいことは否定しないのね」
「うぐっ………」
痛いところを突いてくる。
実際問題、ノア様は美しい。綺麗な金髪(毎日わたしが手入れしている)、白い肌(日焼け対策をわたしがしている)、猫のように吊り上がった目、化粧がなくても整っている顔立ち(ただし毎朝薄い化粧はしている。わたしが)。そこに完璧と言っていいプロポーションも相まって、国中から求婚者が後を絶たない。
魔法の知識が異常なほどに豊富で、世界中が知らないような魔法知識も彼女だけは持っている。
わたしがこの世界で唯一無二の魔法が使えているのも、この御方のおかげ。
ノア様に拾われなければ、きっとわたしはとっくの昔に死んでいるか、奴隷として地獄のような日々を送っていたかのどちらかだ。
だから感謝しているし、忠誠も誓っているし、ましてや嫌ってもいない。
けど、それがこの怠惰な主人に対する不満がないという話に繋がるかと言われれば、首を横に振らざるを得ないわけで。
「いやいや、わかっているのよ?クロが私のこと大好きなんだってことくらい。大丈夫よ、ちゃんと国に帰ったらかまってあげるから、今は仕事してちょうだい。公私混同はいけないことよ」
「公私混同の申し子みたいなノア様が何言ってるんですか!……ああもうわかりましたよ、やればいいんでしょうやれば!」
ダメだ。やはりノア様の命令は断れない。
長くこの御方に仕えてるけど、命令に背いたことはなんだかんだ1度もない。
勿論、主の命令が絶対ってこともあるけど、この御方の厄介なところは『できないことや本当にやりたくないことは命令してこない』ってところだ。
さっきの命令だってそう。確かにちょっと嫌だけど、ノア様の命を狙う連中の別動隊。直接ノア様を殺そうとする不逞の輩。
―――なら殺す。全員殺す。
人を殺すのは好きじゃないけど、わたしたちからノア様を奪おうとする奴らは、みんな殺す。
「じゃあ、行ってきます。極力ここから出ないでくださいね」
「言われなくたって出ないわ。面倒だもの」
でしょうね。
「ああ、クロ」
「なんですか?」
「勝手に死んだら許さないわよ」
その言葉は、私に元気をくれる祝福の言葉か、あるいは私をこの御方の近くに縛る呪いの言葉か。
「死ぬな」と言われただけで、わたしはこの御方に必要とされているという気持ちが湧き出る。
だからわたしは、いつものようにこう返す。
「大丈夫です。わたしを信じてください」
***
天幕を出ると、既にステアがスタンバイしていた。
既にわたしが殺した死体は埋めて来たんだろう。相変わらず仕事が早くて助かる子だ。
「ステア、話は聞いてますよね?わたしと一緒に、500の敵別動隊の殲滅に向かいます。ステアなら大丈夫だと思いますが、死んではノア様が悲しまれます。絶対に死なないように」
「ん」
「あと、お互いの魔法に巻き込まないように注意しましょう」
「ん」
「一人残らず殲滅しますよ。ノア様の命を狙う愚か者です」
「わかった」
本当にステアはいい子だ。
わたしとノア様より4つ年下で、昔から妹みたいに可愛がってきた。
水色の髪に、お人形さんのような容姿。そしてノア様に誕生日に買ってもらったマンドラゴラの人形(若干怖い。命名はゴラスケ)をいつも抱きかかえている姿は、保護欲をそそる。
唯一の欠点は、ノア様にべったりで何でも言うことを聞こうとすること。
あとはこの子がノア様のことを「お嬢」と呼ぶせいで、ノア様がギャングやヤクザの娘みたいに聞こえることくらいか。
「ねえ、クロ」
「なんですか?」
「その人たち、いなくしちゃえば、お嬢、喜んで、くれる?」
「まあ、多分」
「頭、撫でて、くれる?」
「おそらくは」
「クロも、撫でて、くれる?」
「ええ、いいですよ」
「じゃ、頑張る」
なんて愛らしい。
あとでたくさん撫でてあげよう。
「ところで他の3人は?」
「みんな、お嬢から、招集。別の仕事かも」
「そうですか」
「心配?」
「そういうわけではありません、全員強いですし。ただ、一応側近筆頭として彼らのことは把握しておかなければいけませんから」
「クロ、忙しい」
「ノア様がもう少し働いてくだされば、負担は減るんですがね……」
本当に、なんでこうなってしまったのか。
かつては、この世界に絶望して、世界を滅ぼしてやるとか思った時期があったわたしが、今やたった1人の同い年の貴族の側近筆頭とは。
「クロ?」
「え?あっ、ごめんなさい。行きましょう、ステア」
「ん」
歩みながらも、わたしは思いを馳せる。
主と出会う前、どうしようもなく自分の運命に嫌気がさしていたあの頃。
いや……それよりもっと前。
前世の記憶にまで、か。
(以下後書き)
読んでくださった方、ありがとうございます。
これから毎日13時〜13時20分頃に更新していきますので、よろしくお願いします!
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