2.王宮庭園

「ナーシー」

「ミレルちゃーん」


 公爵令嬢、つまり親戚のおじさんの娘であるナーシー。

 僕と同い年で、しょっちゅう一緒。気がついたら、知り合いだったのだ。

 物心つく前からの幼馴染である。


 二人は非常に気が合い、王宮庭園で走り回ったり、チョウチョを見たり、お花の手入れを見たりしていた。


「ここ、フレア草、こっちはマイン草」


 そして僕は気になったところを庭師たちに声をかけて「あぁして、こうして」と注文をつけた。

 庭師たちもお姫様の気まぐれだと思っていたのだろう。

 しかし、毎日王宮庭園を二人で駆け回り、あれやこれやと質問してと、知識をすでに付け出していた。

 だから、春の花、夏の花、薬草、毒草、近縁種は離すなど、実は僕なりに考えて整理をしていた。

 庭師たちは草花の名前くらいは知っていても、分類などはできず学者ではなかったのだ。


 表の花壇はともかく、碌に手入れもされていなかった裏庭の王宮庭園だったが、僕のキノコ資金で新しく庭師も増やした。

 ぼうぼうの生え放題だった王宮庭園はみるみる姿を変え、整理整頓され、綺麗な整った庭園へと姿を変えた。

 色の配置にも気を使ったので、季節の花が集まるところでは、お母様たち貴族の婦人部がお茶会をする機会も増えていた。

 前はこの裏庭はほとんど見向きもされず、前庭の普通の花壇と芝生のエリアでお茶会は開かれていた。


「この庭園、実はミレルが管理してるのよ」

「ええっ、まだ六歳でしょう」

「本気なのか気まぐれなのか分からないけれど、庭師がそういうの」

「まぁ、ホントなの?」


 僕の噂もされていた。

 キノコ資金の件は上位貴族には知れ渡っている。

 二人でお茶会に顔だけ出して、南国産の紅茶をすすりお菓子をいただく。

 王女と公爵令嬢なので、大抵の参加者よりも地位が高いので、悪いようにはされない。

 笑顔で接すれば、大抵「可愛らしい」と言われる。


「うちの娘もあれぐらい聡明ならねぇ」

「そうよね、うちの娘も他人の悪口ばっかり言ってて心配だわ」


 世の中のご令嬢たちも僕たちと比べられたらたまったものではないだろうな。

 こちとら、転生というチートがあるのだ。

 ナーシーはやっぱり血なのかとても優秀なのだろう。

 そんな僕たちに付き合わされているメイドさんのラーナには苦労を掛けている。


 文字も二人でメイドさん、主にラーナに教えてもらい、読み書きできるようになった。

 最初にやったのは、庭の草花にネームプレートを設置する作業だった。

 これにはラーナに文字のスペルを教えてもらいながら、書いていく。

 何種類かな、それはもうたくさん。

 数え切れないくらいの植物が植えられていた。


 そして、紙とペンを持ち、庭の草花の辞典を作成したのだ。

 花の咲く時期、薬草や毒草の特徴など何でも知っていることは書いていく。

 僕が文字を書き、ナーシーが挿絵を入れていく。

 ナーシーはお絵描きが得意でまだ高級な色鉛筆で写実的に花を模写していった。


「できた、ラヌエス草の絵よ」

「うんうん、上手。さすが僕のナーシー」

「えへへ」


 ナーシーもまんざらでもないのか鼻の下をこすってよろこぶ。

 そして僕が書いた本文の監修はラーナがやってくれた。


 下書きの紙をまとめて一冊の本に仕上げた。

 七歳の誕生日のころ「王宮庭園植物図鑑」の第一版はこうして完成した。

 夏休みの絵日記みたいな気分で始めたものだったが、完成してみるとかなりの大作になった。


 話はそこで終わらない。

 この手作り図鑑を勢いでマーシナル王国学院の錬金術の先生に見せたのだ。


「素晴らしいです!」

「ど、どうでしょうか」

「これ程、王国内の植物を体系的に分類しその特徴を記した図鑑は他にありません」

「え、ないんですか?」

「ないことはないですが、文字ばかりだったり、絵はあっても解説が不適切や不十分だったりと、完成度が低いのです」

「へぇ」

「これはすべて自分たちの知識で書かれており、間違いが非常に少ない。さらに絵が素晴らしい」


 先生は饒舌に褒め称えた。


「しばらく預かってもよろしいですか?」

「はい、構いませんよ」

「生徒たちに模写させます」

「え、そんなに?」

「もちろんです。まずは私が一冊、二冊を四冊に四冊を八、十六、三十二、とこれだけあれば……」


 先生が夢見がちに視線を上の方に流す。

 なるほど、教科書にでもするのだろうか。


 一年かけて書いただけあってかなりのページ数だけど。

 それに絵もナーシーの個人の能力によるところが大きい。

 高級な色鉛筆で作ったのでカラーなのだ。

 木版画はあるけど、フルカラーにはできないし、絵も彫るとめちゃくちゃ高いのだ。

 評判がそこまでいいなら印刷も考えたほうがいいのだろうか。

 白黒印刷して、色だけ後で塗るのもありかもしれない。

 王族の資金力を舐めるなよ。


 とまぁ、妄想したところで、需要は気になる。

 印刷しても高い金出して買ってくれる人がいないと、恋愛小説以下なのだから。

 これなら姫と王子様の恋愛小説でも書いたほうが儲かったりするみたいなのだ。

 恋愛小説はまだよくわからない。こっちのそういう本を読んだことがなかった。

 だから流行とか、そもそも他の貴族たちがどんな生活しているかも、よく考えたら詳しく知らない。

 南無三。


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