いのちは薬漬けにして、晩餐会で召し上がる。

星部かふぇ

第1話 これが、サディトレイ。 (1)

「令田はいつから煙草を吸うようになったんだ、日本にいた頃は優等生だったのに」


 サディトレイ――ギャングを始めとする犯罪組織の巣窟と呼ばれる街。

 そんな街の、薄汚れた古着屋で二人の男が会話していた。


「どの口が言ってるんだ? 誉、お前は自分のことを棚に上げすぎだ。思い出せ、薬物所持の罪で逮捕されるわ、薬物依存症治療プログラムを受けるわ、って綺麗にドロップアウトしやがっただろ」


 五十嵐いがらしほまれはニヤつきながら、友人の令田れいだ影向ようこうの問いに頷いた。


「ああ、そうだよ。いやぁ刑務所生活は長かった。どっちかって言うと、病院に居た時間の方が長い気もするけど」


 俺は長い黒髪を手で後ろに払った。


 黒髪には緑色のメッシュが左右非対称の長さで入っている。右側は耳のところまでしかなく、左側は鎖骨に届くくらいの長さ。濃い緑色の目は、黒淵のアンダーリム眼鏡の奥から令田を真っ直ぐに見つめる。


「刑期も治療も終えたと思ったら、次は住み慣れた日本を出で……こんな治安がクソみてぇなサディトレイに、のこのこと来やがったと。誉、何企んでやがる」


 令田は行儀悪くレジカウンターに座り、足を組んで俺を睨む。


 赤髪だが前髪は中途半端に長い。二本の黒いクリップで右側に止めているが、何本か纏まってそのまま垂れてしまっている。十分睨みつけた後、その藍色の目はすっかり呆れ切っていた。


 顔のパーツこそ整っているが、その目つきの悪さと口の悪さが女を遠ざける。それが俺による令田の評価だった。


「住み慣れた日本って言うけどさ。俺向こうのヤクの売人に目ぇつけられてるから、元のような生活できねぇんだって」


「こっちに来る方が元の生活できねぇよ! バカじゃねぇの。大体、こっちは銃社会で、違法薬物も横行してて危険だ。そんで何より……ギャングが市民を脅してる街なんだよ」


 パパパンッ……パパパパンッ。


「うわっ、何だ⁉」


 タイミングが良いのか悪いのか、遠く離れた場所から銃声が聞こえる。日本では滅多に聞かないような音に俺は驚いたが、令田にとってそれはいつも通りであるのか、何の反応も示さない。


「最近ギャング同士で揉めてるんだとよ。こんなんにビビるくらいなら帰れ」

「やだね。日本に俺の居場所なんて無ぇよ」

「サディトレイにも居場所は無い」


 痛いところを突かれる。


 そりゃそうだ。俺にはどこにも居場所が無い。薬物依存で逮捕されたような馬鹿を誰が面倒見てくれるって話だ。誰も面倒なんて見てくれない。一端の大人であるからには、自分の人生に責任を持って生きなければいけない。そんなことはわかっていた。


「物理的な場所が無ぇのなら、人に寄るしか無いだろ。ってことで、俺の居場所は令田の隣だ。今日から一緒に暮らそうぜ! マイフレンド!」


「はあああああ? 何で俺がお前の面倒見なきゃいけねぇんだよ」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、ポケットからラムネのようなものを取り出して食べた。ガリッという歯で砕くような音は、令田の耳にも入っていた。


「お前今何食った」

「ん? 今日の晩御飯」


 じんわりと口の中で広がる苦みが、俺の脳をのさばっていた眠気を追い出す。


「どう考えてもそれ一粒で腹膨れねぇだろ、何言ってんだ。正直に言え」

「サディトレイで買った『ラックボタン』」


 初めて摂取するタイプの違法薬物を楽しみにしていた。しかし、食べ方を間違えたのだろうか。これまた感じたことのない、刺さるような苦みが舌の上に広がる。


 飲んですぐに症状が出るかと思いきや、至って平常な意識を保つ。これはかなり後から効果が来るもののようだ。これなら令田と会話している間は正常な思考を保っていられるだろう。


 まぁ、俺は気が狂おうが、正常に過ごそうがどうでもいい。俺の頭がハッピーになればそれでいいんだから。


「ラックボタン? ……って違法薬物じゃねぇか! しかもサディトレイって、この街じゃねぇか! お前薬物依存をどうにかする治療受けたんだろ⁉」


 ラックボタンと呼ばれるものは、その名の通り衣類のボタンのような形をした錠剤の違法薬物。依存性が低く、他の違法薬物より遥かに安い。見た目も可愛らしいものが多く、若者を中心に広がっている、と売人が言っていた。


 特に治安の悪いサディトレイでは、少し路地裏に入るだけで簡単に手に入る代物。そして俺も、ヤンチャな世間知らずの若者を演じて手に入れたのだ。


「治療? ああ、受けたよ。でも俺優秀だから、超模範的に超協力してすぐ依存から抜けた人を演じたさ。それに、傾向が違うんだよ。ヤクのジャンルっていうか」


 日本で手に入る薬物はかなり限られている。金の問題もあるが、何より空港がちゃんとしているというのが一番の問題だ。


 せいぜい、ニュースで聞くような覚せい剤であったり、栽培された大麻であったり。それ以外にもいくつか種類はあるが、俺がよく頼りにしていた売人はそれぐらいしか売っていなかった。


「いい、もういい。聞きたくない」


 全く反省する素振りを見せない俺に令田はすっかり呆れていた。素振りを見せるどころか、全く反省はしていない。


 令田は呆れ続きにため息まで出ていた。疲れているようだ。その様子を見て、俺はからかいたくなった。


「一か月分の呆れを消費したんじゃないか?」


「呆れさせたお前が言うな。こんな日々が毎日続くんだろ? 誉と一緒に暮らすなんて無理だ」


「じゃあ~、俺が次の日、死体で見つかってもいい訳だ?」


 俺がひねくれた言葉を返すと、令田は一切表情を変えることなく言い放った。



「それならお前の服を剥いで売るだけだよ」

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