第91話 動画配信

「基調講演を動画配信したいです」

デルタファイブのオフィスで、景隆は鷺沼に業務外の相談を持ちかけた。

鷺沼はWeb Tech Expoの座長を務めている。


柊の情報によると、神代はトークのプロポーザルを提出していたが、運営側から基調講演の依頼があり、神代がこれを受けた形だ。


Web Tech Expoでは映画『ユニコーン』の製作委員会がダイヤモンドスポンサーと呼ばれるメインスポンサーである。

柊の情報によると、翔動のスポンサーブースにユニコーンのブースが隣接しているとのことだった。

神代の基調講演では、映画の紹介をする予定だ。これもまた柊からの情報だ。


神代の基調講演を聞いた参加者は、ユニコーンのブースに殺到するだろう。

その隣にはユニコーンとコラボレーションしている翔動のブースがあるため、多くの参加者が立ち寄ることが期待できる。


このような柊のお膳立てもあり、Web Tech Expoは翔動のeラーニングサービス『ユニケーション』をプロモーションするための絶好の機会であると景隆は考えていた。

景隆は少しでも露出を増やすため、神代の基調講演をインターネット中継したいと考えていた。

幸運なことに、そのためのうってつけの相談相手が目の前にいる。


「うーん……やりたいんだけどねぇ……少なくともライブは無理かな」

鷺沼は多少無理があっても挑戦を厭わない性格だ。

その鷺沼をもってしても、この時代の技術ではインターネットによるライブ中継は難しいようだ。


「やはりそうですか……動画のアーカイブをすぐに公式サイトにアップロードするのはどうですか?」


公式サイトには過去の基調講演の動画がアップロードされている。

この動画はイベントが終わってから公開されていた。


「うん、去年までなら問題なくできただろうね」

「神代さんですか」

「越後製菓!」


鷺沼や柊の情報によると、今年のWeb Tech Expoは例年にないくらい注目が高まっている。

神代が基調講演で何を話すのか、IT業界全体の話題となっていた。

鷺沼によると、イベントの参加チケットは瞬時に売り切れたようだ。

したがって、基調講演の動画にアクセスが殺到することは容易に想像できる。

しかし、Web Tech Expoの公式サイトは限られた予算で運営されており、大多数のアクセスを捌くほどのキャパシティが不足している。


景隆は「うーん……」と考え込んで言った。


「サイバーフュージョンに配信してもらうのはどうでしょうか?」

「ほぉ、面白そうだね」


鷺沼は新しいおもちゃを見つけた子供のような表情をした。

景隆は彼女の屈託のなくあどけない笑顔を見せる瞬間に、いつも心を奪われていた。

(いかんいかん……)


「サイバーフュージョンも神代さんが出る映画のスポンサーをしています。そして、ブースも製作委員会の隣にあります」

映画『ユニコーン』のスポンサーブースは、サイバーフュージョンと翔動のブースに挟まれたところに位置している。


「よく知っているねぇ」

「柊からの情報です。その柊は、サイバーフュージョンとの伝手があります」

「なるほど、たしかにインフラを用意する体力はあるね」

「それでは柊に――」


イベントを盛り上げたい鷺沼と、自社のプロモーションをしたい景隆の利害は一致していた。

後日、柊によりサイバーフュージョンとのミーティングが実現することになった。

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